ロボット猫がつなぐ、認知症の祖母と僕 

(イラストは本文と関係ありません)
(イラストは本文と関係ありません)

 ある著名な霊媒師によれば、僕の猫には何やら悪いものがついている。思い当たる節はある。スピーカーつきの電話から人の声が聞こえると、怒りに燃えた目で僕の足にがぶりとかみつくのだ。


 猫を愛するのは、愉快でミステリアス。僕だって、問題(もしくは呪い)を抱えたうちの猫にメロメロだ。この関係があったからこそ、祖母の所有するロボット猫に魅せられてしまったのだ。米国のおもちゃメーカー、ハズブロ社が製造しているコンパニオン・ペットのシリーズ「ジョイ・フォー・オール」の一つである。


 今世紀の初めから、「コンパニオン・ペット」は、治療機器として世界中の高齢者施設で使われ始めている。最も知られているのは「パロ」だ。アザラシの赤ちゃんの形をしているが、そんなものを抱っこしたことのある人はまずいない。一方、「ジョイ・フォー・オール」のモデルは、長年飼いならされてきた家猫だけに、その非論理的なところを含めて、似せてつくるのがより難しい。


 91歳の祖母は、以前はとても活動的だったが、3年ほど前から認知症が進み始めた。今年初めにフロリダの施設を訪ねたとき、僕は自己紹介から始めないといけなかった。壁には5人の子どもの写真がかけられ、名前と住所が書かれている。鏡台の上にいたのが、オレンジ色のロボット猫で、死後硬直がきたような瞳で室内を見渡すその姿は「かわいい死体」という感じだったが、祖母はこれをキティ(子猫ちゃん)と呼んでいた。


 近代科学は、まともなロボット猫をつくるには至っていない。複雑な機械が入っているせいで、手触りはお粗末だし、ねだるように「ニャー」と鳴く声色も単調だ。体には四つのセンサーが内蔵され、なで方によって異なる反応を見せる。毛皮に埋もれたフタを開ければ、不気味な電源スイッチがある。


 しかし、この奇っ怪なロボ猫は、祖母と僕とをつなぐ懸け橋となったのだ。 祖母が見ている「現実」と、本当の現実はあまりにかけ離れているために、会話はあてもなくさまよって、最後に道が背後で断たれたような感覚に襲われた。祖母と交わす会話は、長い沈黙やいら立ち、あきらめが埋めていた。


 でも、祖母がロボ猫ののどをなでながら満面の笑みを浮かべているのを目の当たりにした時、何かが変わった。


 祖母の記憶の喪失によって、僕との関係はぎこちないものになった。その一方で、彼女はロボ猫と自由に関係を結べるようになったのだ。電線が詰め込まれた、このロボットは、祖母の記憶にある猫をまねているのであり、猫として新たに記憶されはしない。だが、こいつのおかげで、なぜか祖母は現在へと戻ってこられたのだ。


 祖母はようやく、笑い、楽しげに振る舞いながら、僕と時間をともにし始めた。ロボ猫をかわいがるために、かつての姿を取り戻したのだ。


 ロボ猫を抱く祖母を見ていた時の気持ちを、僕はまだうまく整理できていない。祖母を笑顔にしたロボ猫に嫉妬心を抱いた? 彼女はもう、本物の猫を飼う能力はないんだと考えて悲しむべきなのか? 日々の経験で、心がクタクタになる。認知症の人を抱えた家族が受けるダメージは、かくも残酷だ。


 人生には、理解不能な力と折り合いをつけざるをえない時もある。祖母とロボ猫との関係と、僕と猫との関係は同じくらい不可解だ。でも、この「分からなさ」のなかに、2人は、それぞれ新しい愛を見つけた。記憶にとらわれない、今をよりどころにした愛を。自らの「現実」から身を引いてこそ、自分以外の存在を思いやれる。そこに、「猫」を愛することの、不可思議かつ奇跡的な核心がある。


(ジェレミー・ラーソン、抄訳GLOBE編集部 菴原みなと)


©2016 The New York Times Jeremy

 

 

Jeremy D. Larson
米国ウィスコンシン州出身、ニューヨーク・ブルックリン在住のライター・編集者
朝日新聞
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