TOP > 第1回 国際支援団体が動物保護に乗り出したわけ

大西健丞のピースワンコ日記

大西健丞・sippo|更新|2015/05/14

第1回 国際支援団体が動物保護に乗り出したわけ


 鮮やかな紫の山ツツジの間を大型犬が走り回る。レトリバーやボーダーコリーは、ぬるんだ池の水に飛び込み、気持ちよさそうに泳ぐ。ここは標高700メートルの広島県神石高原町にあるドッグラン。私が代表を務めるNPO法人「ピースウィンズ・ジャパン(PWJ)」が運営している。西日本最大級となる約6000平方メートルの敷地に、芝生、池、森とそれぞれ特徴のある三つの区画があり、休日には愛犬家の憩いの場となる。

 

 ここはまた、捨て犬たちの保護施設でもある。飼い主に放棄された犬や、野犬として捕獲され、殺処分されそうになっていた犬たちをPWJが引き取り、新しい飼い主が見つかるまで面倒をみる。現在、ここで暮らす保護犬は約200頭。一般開放しているドッグランのほかに、芝生やヒノキのチップに覆われた保護犬専用のドッグランも3カ所ある。

 

 PWJは、1996年の設立以来、人道援助を専門にしてきた。今もイラク、ケニアなど9カ国で、紛争で故郷を追われた難民や災害の被災者などを支援している。

 


 そんな国際支援団体が動物保護に乗り出したのは、ペットの殺処分のあまりにひどい実態を知ったからだ。きっかけについては別の機会に詳しく書きたいが、特に足元の広島県は、2011年度の犬と猫の殺処分数が全国ワースト(計8340頭)を記録した。殺処分は「動物愛護センター」という名ばかりの施設で、二酸化炭素ガスで窒息させるという残酷な方法で行われる。同年度の広島の場合、いったん愛護センターに収容された犬・猫の「生還率」は12・4%。史上最悪の虐殺といわれるナチスのホロコーストでさえ、諸説あるが、ここまで生還率が低かったのかどうか。

 

 先進国とされる日本でこんなことが平然と行われ、しかもその実態はあまり明るみに出ていない。迫害され、守らなければならないのは、人の命だけではない。そう考えて「殺処分ゼロ」に踏み出すことを決めた。

 

 名付けて「ピースワンコ・ジャパン」プロジェクト。ワンコも人も幸せに、と願う活動である。次回から、保護活動の背景やピースワンコの日常を少しずつ記していきたい。

大西健丞

大西健丞(おおにし・けんすけ)

1967年生まれ。NPO法人「ピースウインズ・ジャパン」代表理事。広島県神石高原町にシェルターを設け、捨て犬の保護・譲渡活動に取り組むプロジェクトを運営している。


大西健丞のピースワンコ日記の記事