宮本亜門さんが精一杯の愛情を注ぐ犬ビート

小さな命が宮本亜門さんに教えたのは、命ある限り、失うことを恐れず、精一杯愛するということ。

取材・文/sippo編集部  撮影/和田裕也  取材協力/タームル富ヶ谷


 

 

先代ビートと2代目ビート

 取材撮影中、その健気(けなげ)で愛らしい様子に、スタッフから感嘆の声が上がった。ビート推定2歳、演出家の宮本亜門さんと暮らして1年半になる。しかし、ビートは最初から幸せな境遇だったわけではない。4カ月齢の頃、沖縄県動物愛護管理センターから宮本さんが引き取ったのだ。

 

 話を少し昔に戻そう。宮本さんは、1998年に沖縄で映画『BEAT』を撮影中、口を針金で結わかれ、石を載せたカゴに入れられ捨てられていた雑種の子犬を見つけ、引き取った。名前は映画の題名をとって「ビート」。大学時代「ドッグ部」を作ったほどの愛犬家の父君と宮本さんが代わる代わる世話をした。お二人にとって初代ビートはかけがえのない存在になり、愛されながら10歳で天国に旅立った。

 

「僕も勿論(もちろん)ですが、父の悲しみは深く、落ち込む日々が続きました。犬に会いたいのに、会うのはつらい……。この悲しみを乗り越えるには、やはり犬しかないと僕が行動を起こしました」。そうして、沖縄のセンターに何度か足を運んだ。

 

 沖縄のセンターだった理由を宮本さんは、こう語る。「先代ビートと沖縄の海岸で出会ったこと、そして沖縄には捨て犬が多いこと。自然豊かな場所なら犬も生きていけると思うのでしょうか。特に週末の夜になると、時々悲しい鳴き声が聞こえてきます」

 

 残念ながら、沖縄は都道府県別殺処分数が全国の中でも多い。犬種は、10月の保護状況を見ると、ミニチュア・ダックスフント、チワワ、シー・ズー、コーギーと、純血種の子が多い。捨てているのは沖縄住民だけではないが、ペットショップのある量販店が増えて、以前より手軽にペットが購入できるようになっている状況もあるという。「沖縄には『命は宝(ぬち・どぅ・たから)』という、とてもいい言葉があります。犬や猫もその対象になっていけば……」

 

無条件の愛を見た海でのエピソード

 2代目のビートは、顔も性格も、先代のビートとよく似ているという。どちらも人が大好き。人が多い所に連れていくと、一人ひとりにあいさつして回る。「それでも捨てられた経験のある保護犬の性(さが)とでもいうのか、とても寂しがり屋。ずっと人の行動を目で追っている。また捨てられるんじゃないか、と不安に思っているようです」。だから、大丈夫だよ、絶対そんなことはしないと、何度も何度も繰り返すのだそうだ。

 

 先代と2代目で共通するエピソードも経験した。沖縄の海で宮本さんが泳いでいる間、水の苦手な先代と2代目のビートは砂浜で様子を伺っていたが、波間に宮本さんが消えた途端、どちらのビートも水が怖いのも忘れて全速力で泳ぎ寄って来た。そして、宮本さんが無事なのを確認すると、はたと我に返ったのか、慌てふためいて浜に戻っていったという。

 

「飼い主を心配して我を忘れて助けにくる思いの強さに胸を打たれました。犬の愛は無条件なのだと」

 

 それにしても目の前のビートはお行儀がいい――。

 

「迎えてから数カ月、訓練士さんに預けました。何より、この子自身が周囲から愛される子になってほしいから。周囲と共同生活ができなければ、この子もつらく、周りにも迷惑をかける。都会なら、なおさらです。訓練後、家に戻り、隙を見て甘えてくることもありましたが、しつけが定着するまで意識して接しました」。宮本さんにも「この子は大丈夫だろうか」という自問自答の日々があったというが、そこはこらえて何度も繰り返し練習した。

 

ビートの深い愛に包まれて

「この子を迎えて、さらに犬への愛が深まりました。じつは、愛情が深すぎると、失ったときの痛みが大きいのではないかと恐怖感があった。けれど今は、この子が生きている間、精一杯の愛情を注ぐという決心ができました。それはビートのおかげです。この子の有り様は、こんなにも愛情深い。僕は大きな安心感に包まれています。帰宅するたび、ビートは新鮮な出迎えをしてくれる。犬のこういう姿を幼稚と見る向きもあるけれど、常に新鮮な目をもつこと、感動が毎回湧き上がることは素晴らしいことです。僕の舞台への愛も、さらに膨らみました」

 

 ビートは人気者で、宮本さんの周囲には保護犬ファンが増えて、実際に保護犬を迎えている人もいる。動物愛護センターが殺処分以外の仕事だけになるように、店頭から生体販売がなくなるように、宮本さんは声を上げている。「先代ビートをなくした喪失感は大きかった。けれど、自分が傷つくか否かではなく、それを超えて今生きている子とつながり、その魅力を伝え、命を守りたい」

 

「ビートには、毎日語りかけています。僕がつらいときも、じっと話を聞いてくれている、喜びも怒りも吸収してくれる。僕の鏡のようです。『ありがとう』、毎日、そう感謝しています」

  

(朝日新聞タブロイド「sippo」No.21(2013年12月発行)掲載)


宮本亜門(みやもと・あもん)

1958年、東京都生まれ。ミュージカル、ストレートプレイ、オペラ、歌舞伎等ジャンルを超えて、国内外で幅広い作品を手がける。2012年9月には欧州でのオペラ初演出作品として、オーストリアにてモーツァルトのオペラ「魔笛」が初演された。

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