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ぐっちーさんの猫に小判

ぐっちーさん・sippo|更新|2015/07/10

第3回 この猫、しゃべってるでしょ そう思えばもう、離れられない


 猫は、犬と違って積極的にかかわらなくても、ふとしたことで縁が深まっていく、という話を前回しました。ですから猫と人間、お互いの間の信頼関係だけは、犬とはまた別の形で負けないものが人間との間にいつのまにかできあがっていきます。


 だから、猫が亡くなった時は余計つらいのです。


 人によってご意見はいろいろでしょうが、犬を亡くした時、ワタクシは「天寿を全うしてくれて、いままで本当にありがとう」と泣きました。一方で猫をなくした時には、「なんでお前は死んでしまうんだ!」と号泣することになりました。


 こういう違いがあるんです。両方とも悲しいんですよ、もちろん。でも、主従関係にならざるを得ない犬と違い、人間と対等のパートナーになれる猫(先方も間違いなくそう思っている)との関係というのは、こうしたものになるのです。


 いま子猫を飼っている方は、まだまだそういう域には達しておられないと思います(笑)。子猫のうちは、好奇心が旺盛なので何にでもよく反応します。猫じゃらし、レーザーポインター、テレビ、鳥などなど。これが大きくなってくると……馬用語でいう、ズブくなる。しかし、「あなた(飼い主)のことを100%わかっていますからね」という顔をして歩いている。こうなると、もう猫との暮らしはやめられません。


 そして、何か嫌なことがあったりして頭に来ていても、いつもと変わらず「にゃ~」。悲しいことがあっても「にゃ~」。うれしいことがあればもちろん「にゃ~」。文字に表すとみんな「にゃ~」になってしまいますが、その声色がすべて違う。イントネーションもまた違う。間も違う。これはしゃべってるでしょ、マジで……そう思った瞬間、人間は猫から離れられなくなるのです。


 とまあ、こんな調子で「猫ばなし」が続いていきます。どれだけのペースで書けるのか、よくわかりませんが、とにかく動物が大好きですので、いろいろと綴っていく予定です。


 この連載を読んでいただける方は、おそらく猫の飼い主の方が多いのでしょう。「いや、そうじゃねーだろ」「私はこう思う!」などなどのご意見も、ぜひお寄せください。猫好きのご同輩というわけですから、どうぞご遠慮なく!


 では、これより本格的に始まります、猫ばなし!!

 

 

ぐっちーさん

ぐっちーさん(ぐっちーさん)

1960年生まれ。モルガン・スタンレーなどを経て、投資会社でM&Aなどを手がける。ブログは(http://guccipost.jp/)。著書に『ぐっちーさん 日本経済ここだけの話』など。


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