犬にもピロリ菌、ペットとは節度あるお付き合いを

 ヘリコバクター・ピロリといえば人の胃の粘膜に感染し、胃潰瘍や胃癌の原因になることで有名な細菌です。鞭毛(べんもう)を持っていて、それをくるくる回転させながら移動するところから、ヘリコ(旋回する)+バクター(細菌)と命名されました。

 日本人の感染率は10~20歳代では20%前後と低いのですが、上下水道のインフラが不十分な頃を経験した50歳代以上では80%程度と著しく高いことがわかっています。ヘリコバクター属の細菌には、この最も有名なピロリ菌以外にも30種類以上の仲間がいます。今回は嘔吐の原因の一つになると考えられるこの細菌についてお話しましょう。

 まず、人で感染率の高いピロリ菌は犬や猫にもいるのでしょうか?

 ピロリ菌は正式の名称は(Helicobactor pyrori)で、犬や猫への感染は極めてまれと考えられてきました。しかし、つい先日の2016年2月に横浜で開催された日本獣医内科学アカデミーという学会で発表されて注目されたのは、飼い主さん1人と胃潰瘍を持つ飼い犬1頭および無症状の同居犬1頭が、遺伝子型の一致するピロリ菌に感染しており、さらにこのピロリ菌の菌株は標準的な株ではなく、「沖縄株」と言われるちょっと顔つきの変わったものだったということです。

 犬は沖縄に行ったことがなく、1人と2頭の3症例が独立して別々にこのピロリ菌に感染したとは考えにくく、感染源は飼い主さんであり、家庭内で2頭の犬に感染させたのだろう。また犬でもピロリ菌は潰瘍や胃炎を起こすと思われる――という内容の報告でした。当然、今度は感染した犬2頭が人や他の犬への感染源になるわけです。

 人のピロリ感染を明らかにするための検査はいくつかありますが、いずれも犬や猫に応用できない、あるいは応用困難なため、これまでは犬ではヘリコバクター・ピロリ感染について大規模な調査は行われてきませんでした。最近になって糞便中のピロリ菌の存在を判定できる簡易検査が開発されたので、今後、犬や猫でピロリ菌がどの程度に蔓延(まんえん)しているのかが明らかにされるでしょう。

 猫のヘリコバクター・ピロリの感染報告は今のところありません。でも「報告が無いこと」=(イコール)「猫にはピロリ菌はいない」……ではありませんのでご注意ください。

 もう一つ、人とペットの共通感染症として注目されているのがピロリ菌の仲間であるヘリコバクター・ハイルマニイ(Helicobacter heilmannii)です。ハイルマニイ菌が注目されているのはピロリ菌に比べて強い感染力を持つことと、ピロリ菌の7倍とも言われる発癌性を持っているからです。

 昨年夏ごろから「ピロリ菌より怖い!」「ペットとキスすると胃がんになる!?」などとネット上で炎上したこともありました。気になる感染率はどの程度のもので、感染経路はどこからなのでしょうか?

 海外の報告ですが、犬におけるハイルマニイ菌の感染率は67~86%程度と高率です。猫の疫学調査はおこなわれておらず、感染率は不明ですが、猫の胃粘膜にもかなりの率で存在することは知られています。

 一方、人の感染率は信州大学医学部の報告で、4074人中15人の患者さんからハイルマニイ菌を検出しており、感染率は0.37%とかなり低いものでした。この調査は、何らかの症状があって胃カメラの検査を受けた人を対象にしていますので、健康な人も対象にして調査すると感染率はさらに低くなるでしょうね。

 人と動物で感染率にこれだけ差があるところから、現在のところハイルマニイ菌は動物から人へ感染すると考えるのが妥当ですね。

 アメリカでの報告ですが28頭中24頭の犬の口腔内からヘリコバクター属のDNAを検出したとのことです。菌のDNA、つまり遺伝子が存在するということは菌がいるということになります。この報告では、ヘリコバクター属の細菌全体を調べていますので、すべてがハイルマニイ菌ではないかもしれませんが、犬の口腔内や唾液には一定の頻度でハイルマニイ菌が存在することは確実で、人への感染源の一つと考えられています。

 日本では従来、胃潰瘍や十二指腸潰瘍などの病気を発症している人のみにピロリ菌除菌が保険適用されていましたが、2013年から慢性胃炎にも適用が拡大されました。そのために除菌が進み、陰性の人が増えています。

 なぜこんな話をするかというと、実は胃粘膜にピロリ菌がいると、ハイルマニイ菌は共存することを嫌い感染しません。しかし、いったんピロリ菌が除菌されると、ハイルマニイ菌の感染が起こる危険性は高くなります。中高齢者のピロリ菌の除菌がさらに進み、感染率の低い若い世代中心の世の中になると、ピロリ菌にかわり動物由来と考えられるハイルマニイ菌が幅をきかすようになるかもしれません。

 ペットの吐物や排泄物の処理をした後は必ず手洗いを行うよう心がけましょう。また、ペットに口移しで餌を与えたり、顔をなめさせたりすることは感染の機会を増やすことになります。つまりは節度ある接し方をおすすめします。ペットから病気をもらわないために、そして人から犬にピロリ菌をうつさないためにもね!

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