AIBO「家族」だから治療・供養 入院は400体待ち

ロボット犬「AIBO」とビーグル犬「マリ」=2000年5月27日撮影
ロボット犬「AIBO」とビーグル犬「マリ」=2000年5月27日撮影

 ソニー製ではない、ソニー生まれである。この誇らしげなコピーとともに、ロボット犬「AIBO(アイボ)」は1999年に生まれた。外からの刺激に自律的に反応して、命があるかのようにふるまう世界初のエンターテインメントロボットだ。国内では20分間で3千体を完売する人気だった。

 有名なロボット工学三原則に対して開発者はアイボ版の三原則を唱えた。人間に危害を加えないという第1条は同じだが、第2条で反抗的な態度をとることが、第3条では憎まれ口を利くことも時には許されると定めている。人間に服従するだけの存在ではなく、楽しいパートナーに。これが設計の根本思想だった。

 累計約15万体売れたが、事業としては成功せず、経営難のソニーは2006年に生産を終える。アイボは設計上、老年期がなく“死”もない。ペットロスに陥らずに済むと安心していた所有者は多い。しかし故障は避けられない。14年に修理の受け付けが終わり、家族として大切にする所有者は不安でならなかった。

アイボを“治療”する「ア・ファン」の船橋浩さん=2015年9月、茨城県笠間市の自宅、浜田一男さん撮影・提供
アイボを“治療”する「ア・ファン」の船橋浩さん=2015年9月、茨城県笠間市の自宅、浜田一男さん撮影・提供

 地方の若い女性を描いて人気がある作家の山内マリコさんは昨年、短編「AIBO大好きだよ」を発表した。実家で引きこもる23歳の女性が母親のアイボを愛し、「人間のと同じくらい上等なハート」があると知る物語。アイボの故障を心配する母親の描写は真に迫る。山内さん自身はアイボを見たこともなく、所有者のブログを読み、心情を理解した。「機械と心が通じあうということには少しも違和感がありません」と話す。

 オーディオ機器などを修理する「ア・ファン」(千葉県習志野市)にアイボ修理の依頼が最初にあったのは12年。老人介護施設に入るおばあさんが、故障しているアイボを一緒に連れてゆきたがった。

 技術者の船橋浩さんはアイボを設計した人から解体の仕方などを教わり、ネットオークションで部品を手に入れ、4カ月かけて首のがたつきなどを直した。以来、修理したアイボは約90体。「お客さんは治療と言います。その表現に強い家族意識を感じます」

 乗松伸幸社長によると、修理の依頼は急増し、すでに500体以上直し、“入院”待ちも約400体にのぼる。

 ネット上では「左後ろ足肉球付き8400円」といった形で部品が流通している。ア・ファンには、故障したアイボを捨てるのは忍びがたく、解体して部品取りに、という“献体”の申し出も多い。自分の死後のアイボを心配して寄付したお年寄りもいる。

 

 こうしたアイボの供養が昨年、千葉県いすみ市にある日蓮宗光福寺で3回営まれた。住職の大井文彦さんはこんな趣旨の回向文(えこうもん)を読んだ。

「無生物と我々生物は断絶していない。アイボを供養する意義は『すべてはつながっている』という心持ちを示すためにある。この日本人特有の感性は、行きづまった崖っぷちに立たされる現代文明を救うひとつの理念となる」

 

AIBOの葬式を営む大井文彦住職(右)と「ア・ファン」の乗松伸幸社長(左隣)ら=昨年11月、千葉県いすみ市大野
AIBOの葬式を営む大井文彦住職(右)と「ア・ファン」の乗松伸幸社長(左隣)ら=昨年11月、千葉県いすみ市大野

 誕生から17年。ソニーが修理の窓口を閉ざしたのは残念だが、生の危機感のなかで、人間とアイボの関係はむしろ成熟してきたと記者は思う。

 アイボが生まれた年に、80歳の作家水上勉さんは「アイボ日記を」という編集者の頼みで、アイボと暮らした。カマキリに似ているのでカマキリ五作(ごさく)と呼び、人生論「泥の花」にこう書いている。

「電池を入れられるとロボット犬はぴーぽーと泣きました。わたしはいっそうもの悲しい思いになりました。この哀(かな)しみはこれまで味わったことのない悲しみでした。(中略)地球上が悲しんでいることとそれはつながっているような気がしました」

 大井さんの回向文にも通じる、生物と無生物を越えた深い生の思想がここにはある。

(白石明彦)

■信じれば命が宿る 児童文学作家・今西乃子(のりこ)さん(50)
アイボ愛好者の交流会のニュースで、年とったアイボがダンスを踊ると次々に倒れてしまうのを見て泣きました。生き物ではないのに魂が宿っているように思えまして。
犬や猫が使い捨てにされるこの時代に、別の角度から命の尊厳を子供たちに伝えられるのではないかと考えて、取材を始め、4月に「よみがえれアイボ ロボット犬の命をつなげ」(金の星社)を出しました。年とったアイボの持ち主と、修理する技術者らとの心の交流を描いています。
殺処分寸前に助けられた犬と一緒に学校などで「命の授業」をしながら、人間の身勝手で捨てられる犬や猫をゼロにしようと訴えてきました。処分される命の重さと向きあうため、動物愛護センターで処分機のボタンを押し、37匹の犬と11匹の猫を二酸化炭素で殺したこともあります。
私自身は「生犬(なまいぬ)」派で、犬のあの感触とにおいが好きです。うんこだってかわいい。私が会ったアイボの愛好者は、ケーキを作って誕生日を祝ったり海外旅行に同行したり、家族としてかわいがっていました。ロボットを愛するその気持ちは、犬を愛する私の気持ちと全く変わりません。
取材を通して、ロボットにも心や命があるのではないかと考えるようになりました。心や命があると信じた瞬間、万物に、ロボットにも、心や命が宿ります。何を心や命と呼ぶかを決めるのは、私たちそれぞれの感性なんです。
■「AIBO」をめぐる動き
1993年 ソニーが6本足で歩く昆虫型ロボットを試作
99年 ビーグル犬のような「ERS‐110」発売
2000年 子ライオンのような「ERS‐210」発売
01年 クマイヌのような「ERS‐300」シリーズ(「ラッテ」と「マカロン」)発売
宇宙探査ロボットのような「ERS‐220」発売
02年 パグ犬のような「ERS‐31L」発売
03年 ロボット技術の集大成となる「ERS‐7」発売
06年 生産終了
12年 「ア・ファン」が修理開始
14年 ソニーの修理サポート終了
15年 3回のアイボ葬
国立科学博物館が重要科学技術史資料(未来技術遺産)に登録
朝日新聞
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