事故防止へ 盲導犬フェリシアと全盲女性に同行してみた

大阪市営地下鉄御堂筋線・本町駅で、駅係員とともに電車を待つ山本美恵子さんと盲導犬のフェリシア=2016年11月
大阪市営地下鉄御堂筋線・本町駅で、駅係員とともに電車を待つ山本美恵子さんと盲導犬のフェリシア=2016年11月

 視覚障害者が駅のホームから線路に転落し、電車にひかれて命を落とす事故がなくならない。昨年8月から今年1月にかけて死亡事故が起きた3駅に、ホームドアはなかった。目の不自由な人にやさしい駅や街とは? 全盲の女性に同行して考えた。


■過去に転落「ホームは命の危険」


 ある平日の午前9時前、山本美恵子さん(75)=大阪市西淀川区=は盲導犬のフェリシア(メス、5歳)と一緒にバスに乗り、JR大阪駅へ向かった。


 山本さんは4歳の時、病を患って弱視になり、28歳で全く見えなくなった。40歳から盲導犬を連れ、フェリシアは4代目。年70回余り、小中学校などで盲導犬の体験授業の講師を務め、電車やバスで移動する。


 フェリシアに先導された山本さんは、多くの人が行き交う大阪駅前を慣れた足取りで進む。雑踏を抜け、大阪市営地下鉄谷町線東梅田駅の改札から、係員に付き添われてホームへ。係員は「乗換駅に連絡しておきますね」と言って離れた。


「電車が来るまでじっとしとこ」。山本さんはそうつぶやき、2歩進んで止まった。フェリシアもじっとしている。


 盲導犬がおらず白杖(はくじょう)を使っていた頃、ホームを歩いていて線路に落ちた。電車が来る前に係員に引き上げられ、けがはなかったが、「ホームには命の危険がある」と実感した。大勢の人がいる気配を感じたら、ぶつからないよう必要以上に動かない。


 昨年8月に東京メトロ銀座線青山一丁目駅で、今月14日に埼玉県のJR蕨(わらび)駅で、視覚障害者が線路に転落して電車にはねられ、亡くなった。2人とも盲導犬を連れていた。点字ブロックがあっても、足で感じ取れないときがある。盲導犬がいても、線路と平行にホームの端を歩いている時は踏み外す恐れがある。山本さんは「人の付き添いがあると助かる」という。


 大阪市営地下鉄は、白杖や盲導犬を持った人には、意向を確認して介助するよう係員に周知している。この日、山本さんが降りた谷町線谷町四丁目駅、中央線本町駅などで、電車のドアの前に係員が待っていた。


 御堂筋線の本町駅へ。「10号車の1番ドアから乗せてもらえたら、降りる天王寺駅で付き添いはいりません」。山本さんは天王寺駅で近くにエスカレーターがある場所を係員に伝えた。いつも人の助けがあるとは限らず、一人で行動できるよう、よく使う駅は頭の中に地図を入れている。

大阪市営地下鉄御堂筋線・天王寺駅のホームドア上部の点字に触れ、車両とドアの番号を確認する山本美恵子さん=2016年11月
大阪市営地下鉄御堂筋線・天王寺駅のホームドア上部の点字に触れ、車両とドアの番号を確認する山本美恵子さん=2016年11月

■ホームドア「安心感」


 学校で講義を終え、再び御堂筋線天王寺駅へ。今度も係員に案内を頼まなかった。1995年に視覚障害者の転落事故があった天王寺駅には、乗降時に開閉するホームドアがある。「安心感が全く違う」と言う。


「階段を下りてホームを60歩いけば、6号車の3番ドア」。目的地の梅田駅のエスカレーター近くに降りられるドアから乗った。梅田駅はホームが長く、ホームドアもないため、怖い。


 梅田駅からバス停へ。バス停も人や車の往来が激しい。バス停では、なじみの誘導員が「ベンチは空いてないですよ」と声をかけ、バスがいつ来るかを教えてくれた。バスの運転士も「両側2人掛け、段差あります」と伝え、降りる停留所を確認。「人の声かけはありがたい」と山本さん。夕方、自宅に帰り着いた。


 山本さんは全駅にホームドアがあればと願う一方、周りの助けがあれば、命を失う人は減るはずだとも思う。「物のバリアフリーはお金も時間もかかるけど、心のバリアフリーは理解があればできるはず」と話す。

■「周囲見渡そう」


 記者が同行した時、山本さんとすれ違う際に道を譲る人もいれば、スマートフォンを見つめたり会話に夢中だったりして、山本さんに気づかない人も少なくなかった。「すいませーん」とあてもなく呼びかける山本さんの声が何度か宙に響いた。誰かが声をかければ、不安は和らぐ。ホームドアの設置は急がれるが、すぐにできることもある。自戒の念も込め、街中で、もう少し余裕を持って周りを見渡したい。


(花房吾早子)


■線路への転落、全国で94件 15年度、ドア設置は7%のみ


 国土交通省によると、視覚障害者のホームからの転落は2015年度に94件あった。一方、15年度末時点で全国9487駅のうちホームドアがあるのは7%の665駅。同省は昨年、1日の乗降客が10万人以上などの条件を満たす駅に20年度までの整備を求めた。


 関西では、JR西日本が全1197駅のうち都市部11駅に設置。今春、大阪駅と京橋駅の一部ホームで使用を始め、新たに広島、岡山を含む計15駅で計画している。同社は「優先順位は乗降客と事故の多さで決めている」と話す。


 大阪市営地下鉄では、全133駅のうち54駅にある。19年度に谷町線東梅田駅と堺筋線堺筋本町駅で整備する。利用客が多い御堂筋線では15年に天王寺駅と心斎橋駅に設置。だがホームドアの開閉で停車時間が延び、運行本数が減って混雑が激しくなったため、新設のめどは立っていない。


 関西の大手私鉄にはまだなく、計画が決まったばかりだ。昨年10月に河内国分(かわちこくぶ)駅で転落死事故があった近鉄は、18年度中に大阪阿部野橋駅に設置予定。阪急は19年春までに十三(じゅうそう)駅、阪神は22年度までに梅田駅、北大阪急行は17年度中に千里中央、桃山台、緑地公園の各駅に設ける予定だ。南海と京阪は具体的な計画がなく「検討段階」という。


 鉄道会社によると、快速や特急など車両によるドアの数の違いや他社との乗り入れの影響で、全てに合うホームドアの設計が難しい。ホームドアの重さやホームの幅も課題となっている。

朝日新聞
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