島民15人に猫150匹! 猫と共に生きる島の住民団体代表

島の猫たちにエサをあげる紙本直子さん=5月30日、愛媛県大洲市青島
島の猫たちにエサをあげる紙本直子さん=5月30日、愛媛県大洲市青島

 瀬戸内海に浮かぶ青島(愛媛県大洲市)は、一周わずか約4キロの陸地に、人間15人・猫150匹が住む「猫の島」だ。一緒に楽しく暮らしたいと、エサやりや去勢などを先頭に立って担うのが、住民で作る「青島猫を見守る会」会長の紙本直子さん(66)。過疎の島で、たくさんの猫と生きる日常や、未来への思いを聞いた。

 

(末尾に写真特集があります)


――夫婦で漁を営みながらの、猫との生活。どんな日常ですか。


「朝おきたら、玄関を開けて、集まっとる猫に『おはよう、みんなそろってるかなー』ってごあいさつして。エサやりは手分けしとるから、いつもうちの前におるのは30~40匹かな。島の猫はだいたい顔で分かるから、そう間違うことはないです。みんなの顔を見て安心したら、家のことをしてから猫のごはん。漁から戻ったら、帰ってきたでーって声かけたり」


「昼間はフンを掃除したり、目ヤニがひどければ目薬を、親が育児放棄していれば哺乳瓶でミルクをあげたり。観光客の方があげすぎたエサが道に残っていれば、アリが寄るので片づけます」


――昔、漁師がネズミ対策で島に連れてきた猫が増えてしまい、地域で管理しようと3年前に会が出来たそうですね。なぜ会長を?


「それまで、みんな自腹でエサを買っていたんです。でも、お金もかかるし、島から買いに出るのも大変。痩せてかわいそうだし、適切に去勢もすべきだといった声もあったみたいで、窓口になる会を作りました。会員になったのは夫を含めて4人。みんな年上で、仕方ないので会長になりました」


「会を作ったら、ネットで支援を呼びかけてくれる方が現れて、エサを送ってもらえるようになりました。前は、勝手に戸を開けて家に入り、お供えのダンゴを食べる猫もいた。今はエサが足りなくなることもなく、毛並みも良くなったと言われます。私はネットは使えないですけど、感謝の言葉もネットに載せてもらっています」


――獣医師会などの協力で、去勢も進めていますね。


「『何匹、定期船に乗せて』って連絡が来るんです。捕まえるのは大変よ。市によると約150匹ですけど、私は数えたことがないので、増えたか減ったか分かりません。観光客さんに『減ったのでは』と言われることはありますけど、まだ生まれてます。子猫はだんだんやんちゃになり、年がいった猫ちゃんは、どこかで自然とお隠れになる。その繰り返しです」


――色々大変ではないですか。


「大変ということはないです。私らがおなかがすくように、猫ちゃんもごはんがいるんだし、それは生活の一部なんで。そりゃ仕事は増えますけど、猫に振り回されているわけじゃなくて、無理なく合間にやるだけ。だから、漁でご飯が遅くなっても我慢してもらいますよ。メバル、サザエ、何でも取れます。いま猫の手も借りたい時期やけど、貸してくれんので」

 

猫を抱っこする紙本直子(かみもとなおこ)さん<br />1950年生まれ。大分県出身。中学卒業後、岡山の縫製工場に集団就職。結婚後、愛媛に移り住んだ。2014年の「見守る会」発足から会長。
猫を抱っこする紙本直子(かみもとなおこ)さん
1950年生まれ。大分県出身。中学卒業後、岡山の縫製工場に集団就職。結婚後、愛媛に移り住んだ。2014年の「見守る会」発足から会長。

――島には、店も自動販売機もありません。積極的に観光地化している猫島もありますが。


「最初は、メリットを得られないか、という話もありました。でも、それぞれ仕事もあり、自販機を置くにしてもエサを売るにしても、だれがやるの、投資してブームが去ったらどうするの、となったんです。それよりは今まで通りの生活を続けて、ただそこに猫もおる、でいいんじゃないのと。メリットはないですけど、ないからどうということもないです」


――それでも来る方はいます。


「民家の敷地に入らないなど、島のルールは幾つかあります。ヒジキの干し場などに観光客が座り込むと、島民が『あけて下さい』って頭を下げないけんなるんですよ。今日も外国人さんに『ノー』いうたら、『アイムソーリー』か何かいうて出てくれました。でもマナーも守られてきたし、いけんことはいけんと言いますので」


「もう無人島に近いから、朝の定期船が近づくと『今日は何人、乗っとるかな』って楽しみにして。船が着くとにぎやかになり、『ああ、島で話し声がするのはいいな』って思います。それに、この年になって若い方や外国人さんとの交流なんて、なかなか経験できないでしょ。なんだかんだいうて楽しいね、いうのが本音です。夕方の船が出たら、それはもう、静かに寂しくなりますよ」


――猫は、1匹が1年で80匹ぐらいに増えかねない繁殖力といいます。猫を守りたい人と、迷惑を防ぎたい人が共存するため、青島のように住民が「地域猫」として管理する動きが広がっています。


「青島でも、好き嫌いは半々ぐらいじゃないかな。私らがエサやること自体、反対の人もいます。そういう意見も、仕方ない」


「でも私、各地で野良猫にエサをあげてしまう人の気持ち、わからんでもないんよ。私らだって、『このエサやったら、後で増えて困る』とか考えられない。だって目の前に、人間と同じ命があるんですから。そこに猫がいる、という現実を受け入れないけんのよ」

 

――さらに過疎が進めば、猫や島はどうなっていくのでしょう。


「猫よりも、私らがどうなるやろか、いう方が先です。島は週1度しかお医者さんが来ないから、お年寄りは入院や介護で出ていっている。私も、ここで生活できないとなったら、島を出ないといけん。その時は、自分を心配しないといけないんで、たぶん猫のことまでは考えられないです。かわいそうだなと思うけれど、飼い猫ではなくて地域猫、だれのものでもない島の猫なんです」


「だれかエサをやってくれるかもしれんけど、住民がいなくなれば定期船だってなくなるかもしれない。現実は厳しいと思います。私が島におる以上、会は続けたいと思いますけど。本当は、かわいがってくれる人にもらってもらうのがいいのかも。でも、いなくなったら、やっぱり寂しなるかな」


――今はお体は大丈夫ですか。


「それが、よく動くんで、悪いところはないのよ。猫との生活、体にいいと思いますよ。あちこち捜せば目や脳の活性化にもなる。なんせ夫婦2人やけんね。けんかした時なんかも、猫ちゃんに『なー、そう思うやろ?』『どっちが悪いと思う?』ってお話ししたり。認知症予防にもなるかもしれないよ。お年寄りはテレビばっかり見とったらいかん。テレビは、話し相手にはなってくれんでしょう」


――ご出身ではないんですね。


「(愛媛県)宇和島市にいたんですけど、夫が青島の出身で、親の後を継いで漁師になるためにUターン。私も子どもを高校だしてから、20年前ぐらいに島に来たんです。夫も親をみとったら戻ろうと言ってたんですけど、つい島にいついて」


――元々は、兵庫の赤穂出身者が移り住んだ島だと聞きました。


「猫も人も結局、ええ場所やなと思ったら、そこに住み着く。猫は自分で島を出られないけど、ここは車も犬もいないし、快適なんじゃない。私は単純だけん。どうせ一日送るなら、笑(わろ)うて過ごしたいタイプなの。島に来るまでは特に猫好きでもなかったけど、やっぱりかわいいし、このまま一緒に暮らせたらというのはあるわね」


――ご縁のあった場所で、縁のあったもの同士、楽しく生きる。


「そのために意識してるのは、『自分から』ということ。猫だって、『この人はイヤ』と思ったら向こうからよける。だから私はエサをあげるとき、全部の猫の頭をなでます。最初は逃げても、懲りずにしよったら、日にち薬でだんだん慣れてくる。それで今ではなついているの、何匹もおります」


「人も猫も、自分から寄っていけば、相手も寄ってくれる。それでもダメなら、そっとしとく。特に人間は、猫と違ってしゃべれる分、相手を傷つけないようにしなくちゃね。そうやって今いる場所で楽しく暮らしていれば、いつか島を出る時がきても、そこでまた楽しく暮らせるんやないかなー、と思うんです」

 

 

■地域猫、各地で探る共生の道 九州保健福祉大准教授・加藤謙介さん

加藤謙介(かとうけんすけ)九州保健福祉大准教授<br />
75年生まれ。専門は社会心理学、ヒトと動物の関係学会理事。「人とペットの減災」なども研究する。
加藤謙介(かとうけんすけ)九州保健福祉大准教授
75年生まれ。専門は社会心理学、ヒトと動物の関係学会理事。「人とペットの減災」なども研究する。

 猫は犬と違い、狂犬病予防法に基づく登録義務のような、明確な飼い方の法規制がありません。野良猫と「外飼いの猫」の区別もつけにくく、増えすぎなどの問題が生じても解決主体が定まりませんでした。猫の殺処分(2015年度は約6万7千匹)の問題も、議論になってきました。


 そこで、猫を擁護したい住民と迷惑の拡大を防ぎたい住民の両方の主張をもとに、横浜市磯子区で1999年に生まれ、全国に広がったのが住民主体の地域猫活動です。同区の取り組みや環境省のガイドラインによれば「飼い主不明の猫に対する、エサの管理・周辺美化・不妊去勢手術など飼育ルールを地域で設け、地域住民の認知と合意を得ながら、猫の数を増やさず一代限りの生を全うさせる活動」といった定義になります。


 ただ、一定の年数がたち、その効果をどう評価するかなど新たな課題も生じています。各地に共通するのが担い手不足です。目先のトラブルが減ると地域の関心が薄れ、新たに関わる人が現れにくくなり、担い手の高齢化に悩む地域も増えています。猫の世話はできなくても、活動の趣旨に理解を示して共に考えるだけでも、携わる人々の支えになるでしょう。


 人は古来、動物と多種多様な関係を結びながら社会を築いてきました。動物は、トラブルの元になることもあれば、人をいやしたり人同士をつないだりすることもある。地域猫活動は、人も猫も共に暮らしやすい地域社会を作るための新たな共生の知恵といえます。それは、それぞれの地域ごとに、人と動物の関係を作り直す作業にほかなりません。


 だから、活動の「効果」も、それぞれの地域ごとに異なってくると考えられます。たとえば、活動を10年続けることで、猫の数は半分ほどにしか減らなくても、猫の存在を受け入れるようになり、人と猫の関わりに寛容になった地域もあります。地域猫活動は導入自体がゴールではなく、人間同士のコミュニケーションを重ねて、人も猫も共に暮らしやすい社会を作っていくプロセスが、何よりも大切になると言えるでしょう。


 住民が極端に少ない青島は、むしろ島外の人と猫との関係が今後を左右しそうです。それは従来の地域猫とも違う、また新たな人と動物の関係なのかもしれません。


(聞き手はいずれも吉川啓一郎)

 

朝日新聞
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