野良猫の餌やりは悪なの?「禁止」条例が独り歩き、トラブルも

TNR活動は餌やりを通じて行われる=坪井大地さん提供
TNR活動は餌やりを通じて行われる=坪井大地さん提供

 野良猫への餌やりを、どう考えたらよいのでしょうか。条例で禁止する自治体も出てきています。年間約5万匹を数える猫の殺処分にも関係する「餌やり」について、条例がある自治体の状況を取材しました。


(末尾に写真特集があります)

 京都市で野良猫に餌やりをしていた女性らが、男から「餌やりをするな」「やめないなら街宣車を送り込む」などと怒鳴られる住民トラブルが昨年7月に発生。京都地裁は今年3月、餌やりを妨害した男に損害賠償を命じた。


 女性らは、野良猫を保護・管理する「地域猫活動」の一環として餌やりをしていた。被害者の代理人を務めた植田勝博弁護士によると、事件が起きた背景には京都市が2015年に施行した「動物との共生に向けたマナー等に関する条例」があったという。「条例によって地域住民は、野良猫への餌やりが悪いことである、あるいは犯罪行為であると誤認した。結果として住民同士のいがみ合いが生じ、餌やりへの妨害行為が事件にまで発展してしまった」


 条例は「不適切な給餌(きゅうじ)の禁止」を定めるが、「不適切」の定義がわかりにくく、「餌やり禁止」だけが独り歩きした。また、制定のきっかけが「観光地などで猫の存在やその糞尿(ふんにょう)が迷惑だと、苦情の対象になっていたため」(市医務衛生課)だったことも、事態をこじれさせた。市は京都府と共同で、餌を与えると糞で困る人が増え、猫が地域の嫌われものになる――などとするチラシも作った。


 こうしたことから、同課は「餌やりが全く禁止されたと受け止める市民が出てきた」と認め、「餌やりを全面的に禁止したわけではなく、野良猫を減らしたいという思いだった。誤解をといていきたい」とする。猫に関する苦情は、14年度が765件で16年度は715件。条例施行前後で大きな変化は見られない。


 東京都荒川区は、ある高齢者によるカラスやハトへの餌やりが住民トラブルに発展したことがきっかけで、09年に餌やりに関する条例を施行した。だが、罰金対象となる「給餌による不良状態」が指す内容や、野良猫に対する餌やりの扱いがわかりにくく、混乱が広がった。


 このため荒川区では「猫を地域で適正に管理してもらうのが狙い」などの情報を積極的に発信するようになった。猫に関する苦情数は条例施行前後で横ばいで、毎年約150件で推移しているという。

 

不妊・去勢手術を施されると解放され、「地域猫」としてボランティアらに管理される。耳の先にV字の切れ込みがあるのが、不妊・去勢手術済みの猫、通称「さくら猫」である証し=坪井大地さん提供
不妊・去勢手術を施されると解放され、「地域猫」としてボランティアらに管理される。耳の先にV字の切れ込みがあるのが、不妊・去勢手術済みの猫、通称「さくら猫」である証し=坪井大地さん提供

■殺処分の減少が目的

 和歌山県は今年4月、「動物の愛護及び管理に関する条例」を施行。条例の制定にあたっては「生活環境への影響も考慮したが、それよりも大きかったのが猫の殺処分数の多さだった」(県食品・生活衛生課)。人口10万人あたりの猫の殺処分数が常に全国ワースト5位以内に入っていることを問題視、この数を減らすことを目的にしたという。


 殺処分数を減らすため、地域猫活動を盛んにし、野良猫の不妊・去勢手術が進むように条例を構築。過料5万円以下が科されるのは、不妊・去勢手術が行われていない猫への餌やりなどに限られる。公立の公園や河川敷での餌やりも認める一方、苦情につながる糞尿については「速やかに除去すること」とする。手術費用を県が全額助成する制度も始めた。


 施行から半年あまり。条例を巡る混乱はなく、県内の動物愛護団体代表は「地域猫活動について県民の認知度があがり、猫に堂々と餌をあげられるようになった」と喜ぶ。県も、目標とする殺処分数減少について「成果が見えつつある」としている。

 

 

■人間との信頼築き「地域猫」に

 16年度に殺処分された猫は全国で5万3502匹(負傷猫を含む)。殺処分を減らすには、野良猫が新たに子猫を産まないようにするのが最も効果的と考えられている。


 野良猫への餌やりは、そこに向かう有効な手段というのが、動物愛護団体の間では一般的な見解だ。野良猫を捕まえ(Trap)、不妊・去勢手術をし(Neuter)、元の場所に戻す(Return)、「TNR活動」が、地域猫活動として広く行われている。TNR活動を進めるには、地域にいる猫の数などを把握し、捕まえられるよう人間が近づく必要がある。そのためには餌をやり、信頼関係を築く行為が欠かせないのだ。地域猫活動を撮り続けている写真家の坪井大地さんも「捕まえるには餌を使って誘導するのは基本。地域猫活動として餌やり行為は必須なことだと思う」と話す。


 条例などで一方的に野良猫への餌やりを禁じたり、抑制したりすれば、こうした活動に制約を加えることになる。結果、野良猫はかえって増えてしまう可能性がある。約20年にわたり、東京都を中心に地域猫活動を続けているNPO法人「ねこだすけ」の工藤久美子代表は、周辺の環境に配慮した餌やりを行う必要性を強調しつつ、こう指摘する。


「餌やり禁止条例によって、周辺自治体も含めて『餌やり=悪』というイメージが定着すれば、地域猫活動は萎縮してしまう。そうなれば殺処分される『不幸な命』が生まれ続ける。住民同士のトラブルや、猫による地域環境への悪影響もかえって増えてしまう」


(太田匡彦)

 

施行時期 条例の内容(一部抜粋)
【東京都荒川区】良好な生活環境の確保に関する条例
2009年 (給餌による不良状態の禁止)自ら所有せず、かつ、占有しない動物にえさを与えることにより、給餌による不良状態を生じさせてはならない。
 《違反した場合、5万円以下の罰金》
【京都市】動物との共生に向けたマナー等に関する条例
2015年 (不適切な給餌の禁止等)所有者等のない動物に対して給餌を行うときは、適切な方法により行うこととし、周辺の住民の生活環境に悪影響を及ぼすような給餌を行ってはならない。
 《違反した場合、5万円以下の過料》
【和歌山県】動物の愛護及び管理に関する条例
2017年
4月
(自己の所有する猫以外の猫に給餌等を行う者の遵守事項)自己の所有する猫以外の猫に対し、継続的に又は反復して給餌等を行う者は、次に掲げる事項を遵守しなければならない。
(1)生殖することができない猫にのみ給餌等を行うこと。(*猫を捕獲しようとする場合については適用しない)
(2)次に掲げる方法により給餌等を行うこと。
 ア 時間を定めて行うこと。
 イ 実施後は、飼料及び水を速やかに回収すること。
 ウ 給餌等に起因して給餌等に係る場所を汚さないこと。
(3)給餌等を行う際に、猫の排せつのための施設又は設備を設置するとともに、排せつ物を速やかに当該施設又は設備から除去し、適正に処理すること。
 《違反した場合、5万円以下の過料》
朝日新聞
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