犬の大量遺棄事件から考える 生体小売業というビジネス

「パピーミル(子犬繁殖工場)」と呼ばれる繁殖業者をいくつか取材したことがある。


 取材したなかで最も大規模な「工場」は中部地方のものだったと思う。そのパピーミルは、最寄りのインターチェンジからでも車で数十分はかかる山中にあった。


 空調設備もない輸送用コンテナがずらりと並んでいた。その中に、ペットショップにいけば必ず並んでいる小型犬を中心とした様々な犬種の雌犬が、金属製の金網でできた籠に入れられ、せわしなく動き回っていた。籠は床部分も金網。糞や尿は、金網の下に据えられた受け皿を引き出せば簡単に処理できる仕組みになっている。そんな籠が3段重ねになっていて、雌犬だけで200匹はいた。雄犬は別のスペースに、犬種ごとにわかれて数匹ずつ、詰め込まれるようにして飼われていた。

 

段ボールの中で出産と子育て 「世話の必要なし」

 妊娠した雌犬は、コンテナ施設とは別に立つ小屋に移されると言う。バスタオルが敷かれただけの段ボールに入れられ、そこで出産をする。取材で訪れたこの日は、11匹もの母犬がそれぞれの段ボールの中で子育てをしていた。ほかに10匹ほどが、大きいお腹を抱えて段ボールの中で丸まっている。


 雌犬も雄犬も、爪が伸びきっていて、散歩に連れていってもらっている形跡はない。トリミングなど一度も受けたことがないのだろう。被毛はぼさぼさ、大量の毛玉をまとった犬もいた。何より、これだけの数の犬を抱える施設に常駐しているのは、男性がたった1人だけ。ほかにアルバイトの女性が3人いると言うが、たまに出勤してくる程度だそうだ。


 出産に立ちあうのも男性だけ。ちなみに男性は、獣医師ではない。よく世話ができるものだと私が感心すると、その男性はこんなふうに答えた。


「世話をする必要はない。出産も犬がやる。子育ても犬がやる。子犬がある程度大きくなったら、出荷すればいい」


 2014年10月以降、栃木県や佐賀県で小型犬の死体などが大量に遺棄される事件が相次いでいる。詳細は朝日新聞本紙など各メディアの報道にあたってほしいが、これらの事件を起こしたのは繁殖業者だと見られている。パピーミルなどで不要になった繁殖犬が遺棄されたのではないか、と言うのだ。犬ビジネスを巡っていま何が起きているのか――。


繁殖工場が必要なわけ 「事件」はこれまでも起きていた

 まず、そもそもなぜ「工場」による「大量生産」が必要なのか、確認しておきたい。工場での大量生産の先に待っているのは「大量消費」、つまりは生体小売業者(いわゆるペットショップ)の存在だ。ペットオークション(子犬・子猫の競り市)などで大量に子犬を買い付け、それを店舗に流通させ、小さなガラスケースに入れて展示し、1匹でも多くの子犬を消費者に売りさばく……。生体小売業者のこうしたビジネスモデルを成り立たせるためにはどうしても、工場のような繁殖業者が必要なのだ。


 2008年以来、犬ビジネスの取材を続けてきたが、生体小売業というビジネスモデルが、行政による犬の殺処分数が年間数万匹単位にのぼる原因の一つになってきたことは間違いない。

 

実は、栃木県や佐賀県で今回起きたような「事件」は、これまでも各自治体の動物愛護センター(注:名称は自治体によって異なる)を舞台に、数え切れないくらい起きていた。

 

 私がアエラ編集部にいた当時、主要な29自治体に情報公開請求を行った結果、各自治体に捨てられた純血種のうち、少なくとも4匹に1匹は繁殖業者や生体小売業者によるものであるということがわかっている。売れ残り犬を自治体に処分させるなどしているペットショップチェーンが複数あることも、関係者の証言で判明した。

 

 さらには、09年に動物愛護法違反などの疑いで茨城県警に刑事告発された同県阿見町の業者も、10年に狂犬病予防法違反で逮捕された兵庫県尼崎市の業者も、それぞれの自治体に犬を引き取らせていたことが明らかになっている。


 「設備」を改廃し、「在庫管理」をすることは、このビジネスモデルにとって避けられない「業務」なのだ。生体小売業者を頂点に形作られた犬ビジネスは、繁殖できなくなった犬を捨て、売れ残った犬を捨てながら成長してきた……。栃木県などで起きた事件は、それらの一部が顕在化したに過ぎない、と言えるだろう。さらには、ペットショップの店頭で消費者に衝動買いを促すことにより、安易な飼育放棄の原因を作ってきた側面も見逃せないことを付言しておく。


 そもそも、こうした動物取扱業者の問題を解決するために12年8月、改正動物愛護法が成立している(施行は13年9月)。


 今回、問題が顕在化した背景にも実はこの法改正がある。第35条の改正により、自治体は繁殖業者や生体小売業者など犬猫等販売業者からの引き取りを拒否できるようになったのだ。業者による大量生産、大量消費の尻ぬぐいを自治体が(つまりは税金で)行ってきた構造がこれによって消滅した。だから栃木県や佐賀県の業者は野山に遺棄せざるを得なかったのではないか、と推測されている。


 改正動物愛護法ではほかにも新たに、犬猫等健康安全計画の策定と遵守(22条の2)、販売困難となった犬猫等の終生飼養の確保(同4)、犬猫の個体ごとの所有状況の記録と保管(同6)などが犬猫等販売業者に義務付けられた。このように繁殖業者や生体小売業者の「やるべきこと」は増えたのだが、一方で12年改正では、ビジネスモデルはそのまま温存できる程度の規制強化にとどまってしまった、という事実がある。


 犬ビジネスのあり方そのものを適正化するために検討されていた8週齢規制は「附則」によって骨抜きにされ、繁殖制限措置(繁殖年齢や回数の制限等の具体的数値規制)や飼養施設規制(犬猫のケージの大きさ等の具体的数値規制)は見送られてしまった。

 

 全国ペット協会やペットフード協会など業界団体の抵抗が強く、政治的な判断が行われたためだ。その結果、ビジネスモデルは不健全なままに存続し続けるから、不要になった繁殖犬や売れ残った犬の処分もなくならない。いくら行政による殺処分が減っても、「設備」や「商品」としてビジネスの犠牲になる犬はなかなか減らない、という状況に陥っているのだ。


「役所の責任」の果たし方 いびつな発展をした生体小売業

 動物愛護法は施行後5年を目処に、見直しが行われる(附則15条)。次の見直し議論は、順当に行けば17年夏にも始まる。ただ、それまで待つ必要はない。10年9月まで環境副大臣を務めていた田島一成氏はその在任当時、こう話していた。


「問題を認識していながら何の手立てもうたないというのであれば、役所としての責任が果たせない。おかしな部分、問題になっている部分があれば、(5年に1度の見直し時期を)前倒しをして改正に着手することもできる」


 いまも毎日、犬が大量に生産され、大量に消費されている。平日は毎日、約200匹が行政によって殺処分されている。業者の手により、闇に消えていく命もある。そして栃木県や佐賀県では、小型犬が大量に遺棄された。もはや待ったなし、だろう。


 生体小売業者を中心にいびつな発展を遂げてしまった犬ビジネスのあり方を、根本から見直す時期に来ている。

 


(朝日新聞 タブロイド「sippo」No.25(2014年11月)掲載)

太田匡彦
1976年東京都生まれ。98年、東京大学文学部卒。読売新聞東京本社を経て2001年、朝日新聞社入社。経済部記者として流通業界などの取材を担当した後、AERA編集部在籍中の08年に犬の殺処分問題の取材を始めた。15年、朝日新聞のペット面「ペットとともに」(朝刊に毎月掲載)およびペット情報発信サイト「sippo」の立ち上げに携わった。著書に『犬を殺すのは誰か ペット流通の闇』『「奴隷」になった犬、そして猫』(いずれも朝日新聞出版)などがある。

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この連載について
いのちへの想像力 「家族」のことを考えよう
動物福祉や流通、法制度などペットに関する取材を続ける朝日新聞の太田匡彦記者が、ペットをめぐる問題を解説するコラムです。
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