ペットの裁判例が少ないワケ

 ペットを巡る事件や裁判には、さまざまなものがあります。

●飼い犬がよその犬をかんだ

●ショップで購入した犬が病気にかかっており、すぐに死んでしまった。もしくは長期間の治療や手術が必要となった

●病気の猫を動物病院に連れていったら亡くなってしまった。原因はわからない

●猫の里親希望者にお試し期間で渡したけれど、その後連絡が途絶え、言っていたことも違うことがわかったので、返してもらいたい

●犬を散歩中、車にひかれてしまった

などなど。


 ただ、判例雑誌や判例検索ソフトを使って、公表されている裁判例を調べても、そう多くは見つかりません。なぜでしょうか?

 正確に把握することはできませんが、おそらく、ペットの事件はたくさん起きているのでしょう。

 ただ、裁判例として公表されるには、当然ながら、裁判所で判決をもらわなければなりません。判決を得るには訴訟をおこす必要がありますが、訴訟をきちんと進めるには手続きに関する専門的な知識や経験がどうしても必要なので、弁護士に依頼することが不可欠です。弁護士を頼むには当然弁護士費用が必要となりますが、ペット事件の多くは、係争の金額が高額にはなりません。

 つまり、請求額と訴訟をする費用とを比べたときに「費用倒れ」になることがはっきりしているため、意味がなくなってしまいます。もちろん、「費用はいくらでもかかってもいいからやりたい、引き受けてほしい」という方もおられますが、そうは言っても、弁護士としては引き受けづらいです。

 そのため、紛争解決の手続きとして訴訟を選択せず、弁護士に依頼せずに、簡易裁判所の民事調停や民間の紛争解決機関で、話し合いによる解決を試みているケースが相当数あると思われます。通常、こうした手続きの結果は公表されません(国民生活センターのホームページには、同センターの紛争解決委員会による紛争解決の結果が公表されています)。

 また、訴訟をしない方針で比較的抑えた弁護士費用で請求をし、例えば弁護士同士の話し合いで決着しているケースもそれなりにあると思われます。こうした示談の結果が公表されることもありません。

 判決に至った事件があっても、すべての判決が公表されているわけではなく、重要な法律上の論点が含まれているものや、事案がめずらしい事件などの判決が選ばれています。そのため、ペット裁判の隠れた判決はあるかもしれません。

 公表される裁判例が増え、多くの法律家にとって裁判所の判断基準や損害額が予測できるようになれば、訴訟で多大な時間や労力をかけることなく、話し合いで決着できるケースが多くなるかもしれません。しかしながら、訴訟の専門家である弁護士がペット裁判を引き受けにくいという根本的な問題がある限り、ペットの社会的認知度があがってきたからといって、裁判例が急激に増えることはあまり期待できないといえます。

 こうした状況を打開する方法として、保険会社が弁護士費用を負担してくれるものとして現在かなり普及している自動車保険の弁護士費用特約を、生活上の紛争一般に広げた保険商品が出始めています。このような保険が普及してくれば、依頼者も弁護士も、費用のことを気にせず事件に取り組むことが可能となります。

 また、「ペットの係争額が低いのは、ペットが「物」扱いされているからだ。家族の一員であるペットも人と同じような基準で慰謝料などを考えるべきではないか」という声はよく聞くところです。それも一理あります。ただ現状、「命あるもの」である動物のうち「かけがえのない家族となったペット」については、裁判所も一定の価値を認めています。

「現状の水準で十分。このくらいで仕方がない」というつもりはありません。ただ、ペットをどこまで人に近づけて考えるべきかは非常に難しい問題であり、簡単には答えが出せないところです。

 たとえ裁判所がいくらの金額を認定しようとも、飼い主であるあなたにとって、飼っているペットがかけがえのない家族であることは変わりないでしょう。そしてそのような飼い主とペットの関係は、お金ではかれないものではないでしょうか。

 今後、折にふれて、具体的な裁判例も紹介していきたいと思います。

細川敦史
2001年弁護士登録(兵庫県弁護士会)。民事・家事事件全般を取り扱いながら、ペットに関する事件や動物虐待事件を手がける。動物愛護管理法に関する講演やセミナー講師も多数。動物に対する虐待をなくすためのNPO法人どうぶつ弁護団理事長、動物の法と政策研究会会長、ペット法学会会員。
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