上川隆也&ノワール 譲渡会で出会った命 日に日に募る愛おしさ

一度は捨てられた命がもたらす、幸せで、充実した日々。
一方で犬と人との間に問題が横たわる。
声を上げ、波を起こす。
そんな覚悟も「彼女」がくれた。
文/太田匡彦 撮影/岡田晃奈 衣装協力/ロスガポスforスタイリスト


 2010年1月、動物愛護団体が主催する譲渡会で、上川隆也さんとノワールは出会った。

 様々な年齢、様々な大きさの犬たちがいるなかで、ふと目にとまった2匹の黒い子犬。しゃがみこんで「こんにちは」と声をかけると、1匹がおぼつかない足取りで近寄ってきた。思わず抱き上げると、その子犬は上川さんの口元をペロンとなめた。

 その日のことを、上川さんはこう振り返る。「その瞬間に、僕はもう、のちにノワールという名前になる彼女に落とされていたんですね(笑)」

 子どもの頃から、いつも身近に犬がいる環境で育ったという。でも、大人になってひとり暮らしを始めると、犬を飼えない生活が待っていた。

「実家ではずっと犬を飼っていたので、独身でひとり暮らしをしていたころは、何かが欠けているような気がしていました。だから結婚した当初から、犬を飼うことは家内ともども目標にしていました。家内も犬が好きで、保護犬を飼うという選択肢があることは、家内が教えてくれたんです」

 フランス語で「黒」を意味する名前は、ノワールが実際に上川家にやってくるまでの10日間、夫婦で考え続け、いくつか候補が上がった末に決まった。こうして、愛護団体による適性審査や1カ月のトライアル期間を経て、ノワールは正式に「家族」となった。

 ノワールを迎える際にもう一つ、夫婦で決めたことがある。それが、ノワールの誕生日。親犬もわからない捨て犬だったから、本当の誕生日は当然わからない。でも家にやってきた時点でだいたい生後3カ月。秋に生まれたことは確かだったので「秋のど真ん中である10月1日」(上川さん)を誕生日にしたという。

「だから先日、6歳になったばかりなんです。僕らのところにやってきてすぐになじんでくれて、これまで彼女のことで苦労したことはほとんどありません」

子犬の頃から実におとなしくて、本当に手がかからない子でした
子犬の頃から実におとなしくて、本当に手がかからない子でした

映画撮影はNGなし最後まで愛情を注ぐ

 基本的に人が大好き。初めて会う人にも壁をつくらず、すぐになじむ。無駄吠ぼえもせず、子犬の頃からいたずらも全くしなかった。

 ただ、どんな犬種の血が入っているのかわからないことは、ちょっと気がかりだった。どのくらいの大きさまで成長するのか、想像がつかないためだ。だから、大型犬並みに成長しても人間社会でストレスなく過ごせるよう、しつけには力を入れることにした。

「1歳になる前に、訓練士さんに1カ月半ほど預け、トレーニングをしてもらいました。その期間は寂しくて、休みが取れるたびに、夫婦で様子を見に行っていました。何度も行くうちに、ノワールが、僕らが乗っている車のエンジン音を覚えてしまったくらいです。訓練士さんによると、ノワールは訓練がとても入りやすいらしい。最終的には訓練士さんと一緒に競技会にまで出させていただきました」

 実際、トレーニングを終えて上川家に戻ってからも、とにかく物覚えが良かった。例えばフードをあげる際、まず器を見せて「器、持ってこい」という指示をした。それを5回くらい繰り返すと、器を持ってくることを覚えた。いまでは何も指示をしなくても、フードの用意をし始めたら自分から器を持ってくるようになったという。

 そういえば、sippoの撮影も、これまでで最短の時間で終わった。ノワールがお座りも伏せも、そしてカメラ目線も、なんでもすぐにこなせたからだ。10月31日公開の映画「犬に名前をつける日」には、上川さんと一緒に出演している。この映画を撮った山田あかね監督も「本当に良い子。犬の撮影ってたいへんなんですけど、ノワールちゃんのNGは1回もなかった」と絶賛する。

「映画の撮影では、役者側はNGを出すんですけど(笑)、犬のほうは一発でこなしていました。何かを覚えたり、認識したりするスピードが確かに速いんですよね。いまでは僕らが言うことをあらかたわかっているみたいで、すごく人間社会のことをわきまえて生きているというか、聞き分けが良いというか。もちろん、犬らしい遊びは大好きなんです。ドッグランに連れて行ったらはしゃぎますし、おもちゃで遊んであげるとすごく喜びます」

 そんなノワールも、そろそろシニアの一歩手前という年齢になった。運動量はまったく変わらず、これまでどおりの元気を維持しているが、動物病院で定期的に健康診断を受けさせている。また、フードについては、成分にまで気を使うようにしているという。

 そしてもちろん、ノワールと一緒に過ごす時間をなるべく長く取るようにし、スキンシップも大切にする。ノワールが快適に暮らせるように心がけ、最後まで愛情を注いであげる責任があることを、強く認識しているからだ。

「年を重ねるにしたがって、コミュニケーションが取れる幅が広がって、関係が深まってきたのを実感しています。もう日に日にいとおしさが増しています。僕らは、ノワールから計り知れないくらいの幸せをもらっています。それに対して、僕らも全力で返してあげないといけない。犬は、人間にとって本当に大切な存在だと思います」

殺処分は難しい問題 声を上げていきたい

 だが、そんな犬たちが、不幸な状況に置かれている現実もある。映画「犬に名前をつける日」への出演を通じて、そして保護犬・ノワールを迎えた経験を通じて、上川さん自身もその現実の一端に向き合っている。

 理不尽にも捨てられる犬がいて、殺処分される犬がいる。一方で、抜本的な解決策はなかなか見えてこない。人間に突きつけられた、大きく横たわる問題だと上川さんは話す。

「家内が殺処分の問題などについて関心が高くて、いろいろ教えてもらったりもしていますが、僕はまだ、現実を垣間見た程度です。それでも、本当に解決が難しい問題だということは感じています。でもだからこそ、声を上げないといけません。今回の『犬に名前をつける日』という映画は、その声の一つだと思うんです。この声、問いかけに、一人でも多くの方が耳を傾けてくれたら、それは一つの兆しになるのではないでしょうか」

 犬と生活することで得られるものがたくさんある─。だからこそ、さざ波でもいいから波を起こし、それが世の中に伝わっていけばいいと上川さんは考えている。機会があるごとに、声を上げていくつもりだ。


(朝日新聞タブロイド「sippo」(2015年10月発行)掲載)


上川隆也(かみかわ・たかや)

1965年東京都生まれ。中央大学在学中の89年に演劇集団キャラメルボックスに入団。95年、連続テレビドラマ「大地の子」で主役に抜擢される。主な出演作にNHK大河ドラマ「功名が辻」や映画「梟の城」など。現在、連続テレビドラマ「エンジェル・ハート」(日本テレビ系)が放送中

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