飼い主と犬の関係は「親子関係」そのもの たたくのは「虐待」!

おやつを食べながら爪切りする高須賀ネーレくん
おやつを食べながら爪切りする高須賀ネーレくん

 飼い主さんからよく受ける質問があります。それは「犬が私の言うことを聞かないのは自分の方がえらいと思っているからでしょうか?」というものです。おそらく犬には偉いとか偉くないというような概念すらないでしょう。殴りつけていうことを聞くようになったとしたら、それはその人を「偉い」と思うようになったからではなく、「怖い」と思うようになっただけです。暴力が尊敬の念を生むことはありません。


 犬と人が一緒に暮らすようになってから少なくとも1万数千年~3万年という月日が経っているとされています。犬は地球上の動物の中で、最も早くに家畜化され、現在に至るまで人の一番近くで生活してきました。それにもかかわらず、いまだに人は犬を十分に理解しているとはいえません。なかでも犬がいちばん被害を被って来たと思われる誤解が「優位性理論」です。犬と飼い主の関係をオオカミの群れに見立て、犬が飼い主の指示に従わなかったり、攻撃的にふるまうのは犬と飼い主の上下関係が逆転しているからだと長年言われてきました。


 幸い、現在では犬と飼い主の関係にこの優位性理論を当てはめるには無理があることがわかってきました。その理由は多くありますが、犬はオオカミと共通の祖先を持つ動物ではあっても、行動特性にかなりの違いがあること、また自然界で生活しているオオカミの研究から実際のオオカミ同士の関係もこれまで考えられていたような厳しい上下関係ではなく、仲むつまじい家族関係であることがわかってきたことなどです。


 また犬は家畜化の過程で幼形成熟(ネオテニー)という変化が起きているために、生涯こどもの心を持つ動物です。飼い主さん自身も犬を我が子のように思っている人が多いと思います。最近の研究では犬と飼い主の交流によって母性行動と関係の深いオキシトシンというホルモンの分泌が促進されることもわかっています。つまり飼い主と犬の関係は上下関係や主従関係ではなく親子関係そのものと言えます。


 たとえば爪切りを嫌がって咬んでくる犬も自分のほうが偉いから怒っているわけではなく、不快なことから逃れようとしているにすぎません。飼い主が犬のためにしていることでも、犬にとっては意味不明な迷惑行為にすぎません。特に無理やり押さえつけられたり、出血させるなど嫌な経験をすれば、逃げようとするのは正常な反応であって問題行動ではありません。だれかが爪が伸びすぎているからとあなたを押さえつけて爪を切ったら、あなたはその人に感謝するでしょうか。


 残念ながら、このような場面で恐怖心から攻撃的にふるまう犬に、体罰を与えたり無理やりひっくり返したり、口元をつかんで叱るというような方法をアドバイスする人がいます。このような行為は犬にさらなる恐怖心を与え、飼い主と犬の関係をますます悪くしてしまいます。すべきことは好物を使って足先を触ることに慣らしたり、おだやかに爪切りに慣らしていくことです。


 犬は言葉が通じないから叩いて教えるという人がいますが、言葉で補えないからこそ誤解や不信感を生みます。言葉が通じない犬に爪切りや足ふき、歯磨き、ブラッシングなどの必要性を理解させることはできません。まずは好物を使うなどして「怖いことじゃない。むしろご褒美をもらえるいいことなんだ」と学習させて、受け入れてくれるように教育することが大切です。時間をかけて良い関係を築いてほしいと思います。

村田香織
獣医師、もみの木動物病院(神戸市)副院長。イン・クローバー代表取締役。日本動物病院協会(JAHA)の「こいぬこねこの教育アドバイザー養成講座」メイン講師でもある。「パピークラス」や「こねこ塾」などを主催、獣医学と動物行動学に基づいて人とペットが幸せに暮らすための知識を広めている。

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この連載について
ペットのこころクリニック
犬や猫の問題行動に詳しい獣医師の村田香織先生が、ペットと幸せに暮すためのしつけや飼い方のコツをていねいに解説します。
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