ペットの立場で考える 「良い動物病院」選びより、大切なこと

診察室のポンタくんとそのご家族
診察室のポンタくんとそのご家族

 早いもので動物病院を開院してから二十数年が経ちます。そしてこれまで本当に多くのすばらしい飼い主さんに出会うことができました。もちろん最初から誰とでもうまくコミュニケーションをとれたわけではありません。一緒にペットのことを考えながら協力するうちに良い関係を築くことができたと思います。


 私は、獣医師や動物看護師の仕事の本質は「人と動物が良い関係を築いて幸せに暮らせるようにサポートすること」だと思っています。そのひとつとして病気の治療がありますが、より質の高い治療を行うためには、飼い主さんやペットと良い関係を築く必要があると思います。本音で話ができなければ飼い主さんの望む治療ができませんし、ペットと良い関係を築けなければ治療が動物のQOL(生活の質)を低下させてしまうこともあります。獣医師が最新の獣医学の知識を持ち、正しいと思うことを精いっぱいしたとしても、飼い主さんの心に後悔の思いが残れば、治療が適切であったとは言えません。


 一方、飼い主さんには「良い動物病院を選ぶ」以上に大切なことは「かかりつけの動物病院の獣医師や動物看護師と良い関係を築く」ことであるという考え方を持っていただきたいと思います。


 動物病院を選ぶ時には様々な条件、評判、第一印象などを見て選ぶわけですが、これは犬を選ぶ時に値段、外観、好みなどの条件で選ぶのと似ています。伴侶や友だち、ペットとの関係など、すべてに共通していると思うのですが、良い相手を選ぶことはもちろん大切です。が、そののち、いかにその相手と良い関係を築いていくかということの方が、もっと大切だろうと思います。


 飼い主と獣医師や動物看護師も縁あって出会ったのですから、その出会いを大切にして良い関係を築く努力をすることが大切だと思います。お互いに伝えたいことがきちんと言える関係になり、ペットの性格や体質を良く知ってもらい、飼い主の考え方を理解しておいてもらうことで、より満足できる治療を受けることができると思います。

 

 

■ペットのために「かかりつけの病院」を

 飼い主さんの中にはワクチンやフィラリア予防は値段の安い病院、フードはネット購入、軽い病気は近所の病院、ちょっとややこしくなると設備のありそうな病院と使い分けている方もいます。しかし、ぜひペットのために「かかりつけの病院」を決めておいてください。


 犬や猫の立場で考えてみてください。動物病院を好きにするための努力をしていなければ、彼らにとって動物病院は楽しいところではありません。病気になってはじめて動物病院に行き、痛い思いをすればさらに嫌な場所になるでしょう。彼らには動物病院での検査や治療が「自分のためだ」などと理解することはできません。特に怖がりの犬や猫にとっては、動物病院での入院する時はテロリストのアジトに監禁されているのと同じ気分になるかもしれません。


 ぜひ彼らが健康な時からかかりつけの動物病院に行き、食事管理やデンタルケア、しつけ等のアドバイスを受けてください。かかりつけの動物病院がパピークラス(子犬のしつけ教室)やこねこ塾(子猫の飼い方教室)を行っている病院であれば、ぜひ参加してください。また、かかりつけの動物病院で定期的に健康診断やワクチン、フィラリア予防などを行いましょう。動物病院に行く時には、ぜひペットのおなかを空かせた状態で、好物を持って出かけてください。そして待合室や診察室で与えてみましょう。できるだけ獣医師や動物看護師からも与えてもらいましょう。飼い主さんがリラックスして獣医師や動物看護師と話している様子を見てペットも安心感を持つようになります。このようにして日頃から動物病院が安全で怖くない場所だと教えておいてあげてください。


 そうすれば病気になった時も、日頃から慣れた場所で知っている獣医師の治療を受けたり、大好きな動物看護師に世話をしてもらうことができるので彼らも安心するでしょう。獣医師としても病気の時だけでなく健康な時から見ている方が動物の様子が良くわかるものですし、日頃から飼い主さんとのコミュニケーションが十分あれば、飼い主さんの思いも理解しやすいでしょう。


 もちろん、かかりつけの病院があっても、まさかの時のために救急病院の場所は知っておいた方が良いでしょうし、かかりつけの病院で対処できない病気であれば、より設備の整った病院へ行くことも必要かもしれません。そのような場合でも飼い主さんが自分で病院を探すよりは、かかりつけの獣医師に適切な病院を紹介してもらい、これまでの検査データや治療記録を持って紹介された病院に行った方が、早期に適切な診断と治療が行えるはずです。また、かかりつけの獣医師との信頼関係も保たれますから、紹介されて行った病院での検査や治療が終われば、慣れた病院で継続治療を受けることもできるでしょう。

 

 

■苦手な印象はコミュニケーション不足のせいかも?

 時々、いろいろな動物病院を転々としたという飼い主さんの話を聞くことがありますが、それは今まで行った動物病院が悪いというよりは、そこのスタッフと良い関係を築くことができなかっただけだと思います。


 人間同士の付き合いが煩わしく、物言わぬ動物といるとホッとするように、動物好きの人の中には人間とのコミュニケーションが苦手な人が少なからずいます。私自身もかつては初対面の人と話をするのは苦手で、うまくコミュニケーションできない飼い主さんも少なくありませんでした。それでもおつき合いするうちに、最初は苦手な印象を持った飼い主さんが、実はとても動物思いのすばらしい飼い主さんであることに気付くことがしばしばありました。良くない印象を持ったのはその方のせいではなく、実はコミュニケーション不足が原因だったのです。


 かつての私のように、「動物関係の仕事をする人には動物は大好きだけれど、人と話すのは得意ではない」という人が少なくないような気がします。もしあなたもそういうタイプだとしたら、コミュニケーションの得意でない者同士がうまく話をすることは簡単ではないのかもしれません。


 しかし、幸い私たちにはその溝を埋めてくれるペットがいます。ペットは社会的潤滑油としての効果があると言われていますが、まさにペットが我々獣医師や動物看護師と飼い主さんのコミュニケーションを円滑にする潤滑油になってくれると思います。実際、私が自分自身の病気のために病院(人間の病院)で診察を受ける際には、必要最低限の話をするだけで雑談をすることはほとんどありません。しかし動物病院での診察時にはペットを介していろいろな話題で盛り上がり、いつも診察室から笑い声が聞こえています。


 もちろん獣医師も仕事で疲れているときには無愛想に見えるかもしれませんし、口下手でとっつきにくく見える人もいるかもしれません。最初から何でも話し合える友だちはいないように、人間同士が理解しあうには少なくとも始めのうちはお互いに努力する必要があります。


 ただし飼い主であれば誰でもペットを大切に思うように、獣医師もまたペットを大切に思わない人はいません。同じ思いを持つ者同士が仲良くなれないわけはありません。うまくコミュニケーションできるようになれば聞きたいことが聞けるし、思っていることも言えるようになるはずです。


 獣医師や動物看護師と良い関係が築けた時、その動物病院はあなたにとって本当の意味で一番良い病院となると思います。

村田香織
獣医師、もみの木動物病院(神戸市)副院長。イン・クローバー代表取締役。日本動物病院協会(JAHA)の「こいぬこねこの教育アドバイザー養成講座」メイン講師でもある。「パピークラス」や「こねこ塾」などを主催、獣医学と動物行動学に基づいて人とペットが幸せに暮らすための知識を広めている。

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この連載について
ペットのこころクリニック
犬や猫の問題行動に詳しい獣医師の村田香織先生が、ペットと幸せに暮すためのしつけや飼い方のコツをていねいに解説します。
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