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太田匡彦・sippo|更新|2015/05/20

人と犬の心の健康を考える

良好な関係が「幸せ」をもたらす 子犬には「こころのワクチン」を


約1万5千年前から、人は犬と寄り添って暮らしてきた。
見つめ合えば、「幸せ」になれる間柄。
でも、良好な関係が築けていなければ、その恩恵にはあずかれない。
人と犬とが幸せに暮らすために、何が必要なのか――。


 

犬とふれあうと

「幸せホルモン」
 陣痛促進や母乳の分泌を促すホルモン「オキシトシン」は時にそう呼ばれる。実は人が犬と目をあわせると、このオキシトシンが分泌されるという研究結果がある。
「もともとWHOが、ペットは人の心身の健康にいい影響を与えるという報告をしています。ではペットの何が、人の心身にどのような影響を与えるのか。そういう研究をしていて発見しました」
 麻布大学獣医学部の太田光明教授はそう話す。
 55人の飼い主に、1人30分間ずつ飼い犬とふれあってもらい、実験前後の飼い主の尿に含まれるオキシトシンの濃度を測定した。すると13人のオキシトシン濃度が、大きく上昇したという。
 この13人、全員が事前のアンケートで「飼い犬との関係」が「良好」と判断されていた。一方で、オキシトシン濃度の上昇が見られなかった42人はいずれもそうではなかった。そこで42人の中から無作為に12人を選び、1カ月間、犬とのアイコンタクトを毎日10回してもらった。その上で同様の実験を行うと12人中8人に、オキシトシン濃度の上昇が見られるようになった。人でオキシトシン濃度が上昇している時、犬にもオキシトシン濃度の上昇が見られることもわかった。
「オキシトシンの上昇は、犬が飼い主を見つめる時間に比例することがわかりました。そして、犬の人の目を見るという行為は、動物の中でも特殊なものであり、人に飼育されたオオカミでもこの行動を起こさせることは難しい。飼い主の指示に忠実に従う犬と生活を送ることで、オキシトシンは頻繁に上昇する。このことは人のストレス軽減や癒やしなどにつながっているのです」(太田教授)

 

子犬の時から社会性を


 実はこの研究成果は、飼い犬と良好な関係を築けていない飼い主が多い、ということも証明してしまっている。太田教授はその原因を主に、①ペットショップで販売するために母子分離が早すぎる、②しかも分離後、1匹ずつショーケースに入れられて展示販売されている、③特に小型犬種では帝王切開で産ませているケースが多い、という3点に求めている。

 犬は生まれた環境からあまりに早く引き離されると、精神的外傷を負い、問題行動を起こす可能性が高くなる。日本で生まれる犬の多くが、いわゆる社会化期を適切に過ごせていない、という問題に行き着くのだ。
 こうした問題に対応すべく、2012年の動物愛護法改正では、生後56日まで生まれた環境から子犬を引き離さないようにする「8週齢規制」導入が模索された。しかし結局、附則によって実効性のないものになっている。
 このような状況は犬の心の健康にとってマイナスだ。そして犬と良好な関係が築ければ人の心身に良い効果がもたらされるというのに、いかにももったいない。そんななかで最近、注目を集めているのが動物病院などが主催する「パピークラス」だ。
 毎週日曜日の午後、東京都練馬区のホンド動物病院には数匹の子犬が、飼い主に連れられて集まってくる。
 約1カ月かけて、家族やほかの人、ほかの犬とより良い関係を築けるようになるためのプログラムが、用意されているのだ。具体的には、アイコンタクトに始まり、フードを使って犬の行動をコントロールしたり、甘嚙みの対策をしたり、ということを子犬と飼い主が一緒に学んでいく。
 6月半ばから、生後4カ月のトイプードル、ガク(写真右上、右下)を連れて通い始めた天笠哲勇さんは言う。
「社会化の大切さを知って通うことにしました。実践しながら教えてくれるので、本で読むより理解が早いです」
 クラスを運営する天川優子さんは、日本獣医生命科学大学で動物行動学を学んできた統一認定動物看護師。2011年、パピークラスの設立を自ら院長に提案し、実現させた。天川さんはこう話す。
「問題行動を理由に捨てられ、殺処分されてしまう犬が少なくない。一方で、社会化期を適切に過ごすことが、問題行動の予防につながる。犬同士にはかないませんが、パピークラスを行うことで社会性を身につけてもらいたい。子犬の販売状況に問題がある日本では、『心のワクチン』をうつ必要があるのです」

(文・写真/太田匡彦)

 

(朝日新聞 タブロイド「sippo」 No.23(2014年7月)掲載)

太田匡彦

太田匡彦(おおた・まさひこ)

1976年生まれ。98年、東京大学文学部卒。読売新聞東京本社を経て2001年、朝日新聞社入社。経済部記者として流通業界などの取材を担当。AERA編集部記者を経て14年からメディアラボ主査。著書に『犬を殺すのは誰か ペット流通の闇』(朝日新聞出版)などがある。