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sippo・sippo|更新|2016/11/05

猫ブームで懸念高まる 猫に広がる遺伝性疾患 犬と「同じ轍」踏むか

猫を飼おうと思えば、野良猫を拾ってきたり、近所で生まれた子猫をもらったり――というのが一般的だった。
だが空前の「猫ブーム」で、そんな状況に変化が起きつつある。ペットショップで純血種を買うという消費行動が増え始めたのだ。
結果として、猫の繁殖業者はバブル状態。だがこのことは、猫の遺伝性疾患の蔓延(まんえん)につながりかねない。専門家の間では、懸念が広がっている。

(文/太田匡彦)



生物学の基礎からわかりやすく解説

「繁殖現場から遺伝子病を減らす」


 そんなテーマを掲げたセミナーを、ペットショップ大手AHBが取引先の繁殖業者を対象に全国で開催している。同社の国際小動物医学研究所に所属する獣医師らが、主に犬の遺伝性疾患について解説する場だ。


 メンデルの法則など中学生レベルの生物学から始まり、これまでに原因遺伝子が明らかになっている遺伝性疾患の具体的な症状まで、獣医師がわかりやすく説明していく。


「遺伝性疾患をなくすもなくさないも、繁殖の現場にいるブリーダーの皆さん次第」


 セミナーを通じて、獣医師から繁殖業者らにはそんなメッセージが伝えられる。同社の川口雅章社長はこう話す。


「犬や猫の取引価格が数年前と比べて高値で推移している。ブリーダーさんたちは以前よりも収益が出ているはずなので、その分をできれば動物たちの幸せのために投資してほしい。不幸な動物を減らしていきたいという思いは共有できているはず」


 犬や猫の繁殖、販売の現場で、遺伝性疾患に対する危機感が芽生え始めている。犬では既に多くの犬種で遺伝性疾患の広がりが確認されており、猫ブームが過熱するここ数年は、そうした状況が猫でも再現されるのではないか──という懸念が、専門家らの間で増している。空前の猫ブームのまっただ中で、猫の遺伝性疾患の現状を追った。


 赤血球ピルビン酸キナーゼ(PK)欠損症という遺伝性疾患がある。生後2~3カ月のころに貧血を発症。病状が進行するとあまり動かなくなったり、食欲がなくなったりする。有効な治療法はなく、発症した猫の多くが4歳程度で死んでしまう。


 鹿児島大学の大和修教授の研究により、この病気が広く国内の純血種に浸透していることが判明した。原因遺伝子を持っていても発症はしない「キャリア」の割合がソマリで41・7%、アビシニアンで37・1%にのぼったという。大和教授はいう。


「発症した個体が普通に販売されている事例もあった。アビシニアンやソマリでもし、元気がない、食欲がないという症状が見られたら、PK欠損症の可能性を考えないといけない」


 PK欠損症は劣性遺伝だが、優性遺伝する遺伝性疾患もある。多発性嚢胞腎(のうほうじん)(PKD)はその代表的な存在だ。


 劣性遺伝の場合、キャリアと原因遺伝子を持たない「ノーマル」とを交配させても、2匹に1匹はキャリアになるが、発症する個体(アフェクテッド)は生まれない。キャリア同士、キャリアとアフェテッド、アフェクテッド同士を交配に使った時のみ、発症する個体が生まれる。


 だが優性遺伝する場合、原因遺伝子を持っている個体とノーマルとを交配させると、2匹に1匹が発症する個体になってしまう。


 岩手大学の佐藤れえ子教授によると、PKDはもともとペルシャ(有病率67%)に多いとされてきたが、最近ではアメリカン・ショートヘア(同42%)やスコティッシュフォールド(同48%)でも症例が見られるという。


 腎臓に穴があく病気で、多くが4歳以上で発症する。飼い主が異常に気付いた時には、人工透析を続けるか腎臓移植をするしかない状態になっているケースが多いという。佐藤教授はこう話す。


「優性遺伝する疾患であり、原因遺伝子を持っている個体は繁殖に使ってはいけません。ブリーダーは、気になる症状が見られるなら、遺伝子検査をしてほしい」


 携帯電話会社のテレビCMの影響などで人気猫種となっているスコティッシュフォールドでは、骨軟骨形成不全症が問題になっている。PKDと同じく優性遺伝する疾患だ。特徴的な折れ耳を持つ個体はすべてが、この病気を発症しているとされる。


 病気の程度はいくつかの段階に分けられる。前脚や後ろ脚の足首に骨瘤(こつりゅう)ができて脚を引きずって歩くような状態になったり、そのためにあまり運動しなくなったりするケースもあれば、飼い主が「そういえばほかの猫に比べてあまり動かない」と感じたりする軽度の場合まである。治療は外科手術で骨瘤を除去するなどの手法がありうるが、根治は困難とされている。

 

 

かわいい「折れ耳」も遺伝性疾患の一つ

 このスコティッシュフォールドでは現在、折れ耳が「はやり」とされている。だが、折れ耳の猫を繁殖することは、遺伝性疾患を抱えた猫を増やすことを意味する。動物福祉を考えるうえで許されることではなく、消費者保護の観点からも大いに問題がある。繁殖業者には、はやりに左右されない、冷静な対応が求められることは間違いない。同時に消費者も、流行に乗って猫種を選ぶことの危険性をよく認識すべきだろう。


 大和教授の研究室では、ボーダー・コリーにみられる遺伝性疾患のうち七つの疾患について、繁殖現場から取り除いていく方法について研究を進めてきた。その結果、遺伝的多様性を考慮しながら繁殖を続けても、3世代程度で、七つの疾患の原因遺伝子を持たないノーマルだけに限った繁殖が実現できることがわかった。


 犬や猫の遺伝性疾患のうち、原因遺伝子がわかっていて、遺伝子検査が可能なものであれば、確実になくしていくことが可能なのだ。大和教授はこう話す。


「猫の遺伝性疾患はこれまであまり注目されてこなかったが、米国を中心にこの分野の研究が急速に進んでいる。猫については今のうちから、繁殖業者らが遺伝子検査を実施し、原因遺伝子を持つ個体を繁殖現場から減らしていけば、犬と同じ轍(てつ)を踏まずに済む可能性が出てくる」



(朝日新聞タブロイド「sippo」(2016年10月発行)掲載)