虐待で傷ついた子どもに寄り添うセラピー犬 ぬくもりが癒やす

 私はカリフォルニアワインの産地として有名なカリフォルニア州ソノマ郡によく取材で行くのだが、ここには「Valley of the Moon Children’s Home」(以下、VOM) という、虐待を受けて保護された子どもたちのための、非常によく整った緊急避難用シェルターがある。日本で言うと一時保護所にあたるだろうか。

Valley of the Moon Children’s Homeの建物(c)大塚敦子
Valley of the Moon Children’s Homeの建物(c)大塚敦子

 受け入れる子どもたちの年齢は、0歳から18歳まで。滞在期間は2~3日のこともあれば、1年にも及ぶことがあり、常時30人ぐらいが暮らす。

 警察官やソーシャルワーカーに連れられてシェルターに到着する子どもたちは、深刻なネグレクトや性的虐待を含むさまざまな暴力から逃れてくる。そんな子どもたちを最初に受け入れる場所として、VOMは子どもたちが安心してリラックスできることを何より大切にしている。

新しく来る子どものための衣類を整えるボランティア(c)大塚敦子
新しく来る子どものための衣類を整えるボランティア(c)大塚敦子

 ここで子どもたちを和ませる存在として活躍しているのは、ホームに常駐しているセラピー犬だ。私が訪れたときは、キャシーという8歳のゴールデン・レトリバーがいた。地域の介助犬育成団体で訓練を受けたキャシーはVOMの3代目のセラピー犬で、100以上のコマンドを理解できるという。毎朝、職員のマークとともに出勤し、子どもたちのよいコンパニオンとなっていた。

セラピー犬キャシー(c)大塚敦子
セラピー犬キャシー(c)大塚敦子

 マークは言う。

「トラウマを抱えた子どもたちは精神的に不安定になりやすい。そういうときは、キャシーに呼び出しがかかります。キャシーは誰かが泣いていると、自分からその子のところに行くんです。教えられたわけではないのに、本能的にそうするんですよ」

 これまでVOMに3回保護されているというある12歳の女の子は、犬の話をし始めると止まらなかった。

「キャシーはほんとにいい子。私が足を引きずっているときは、足をなめてくれた。床に寝転がると、前脚を胸にあててくれた。落ち込んで泣きそうになっているときも、キャシーの顔を見ると笑いたくなるの」

 そして、こう話した。

「キャシーは、ただそばにいてくれるだけでいいの。『大丈夫、私はここにいるからね』って言っているみたいなんだもの」

 キャシーの穏やかな目でじっと見つめられるだけで、子どもたちは自分が無条件で受け入れられていることを感じるだろう。その柔らかく温かな体に顔を寄せれば、なんともいえない安心感を得られるにちがいない。

 ソノマ郡には、虐待を受けた子どもたちが、自分と同じように虐待を受けたり、ネグレクトされたりして保護された動物たちをケアすることを通して、心の回復をはかるプログラムがある。Forget Me Not Farmと呼ばれる農場でのプログラムだ。VOMの子どもたちも、週1回そこに通って動物たちの世話をし、庭や畑で植物を育てる。Forget Me Not Farmについてはまた今度詳しく書くが、ここでは農場で出会ったある少女の言葉を紹介したい。

「お父さんに殴られるお母さんを守ってあげたい、早く大人になりたいって、ずっと思ってた。でも、ここに来て、もう少し子どもでいられたらいいな、と思った」

 自然や動物との絆は、きっと傷ついた子どもたちの心を回復する助けになる。日本の一時保護所にもセラピー犬がいればいいのに、と思わずにいられない。

大塚敦子著 『やさしさをください 傷ついた心を癒すアニマル・セラピー農場』(岩崎書店)
大塚敦子著 『やさしさをください 傷ついた心を癒すアニマル・セラピー農場』(岩崎書店)

大塚敦子
フォトジャーナリスト、写真絵本・ノンフィクション作家。 上智大学文学部英文学学科卒業。紛争地取材を経て、死と向きあう人びとの生き方、人がよりよく生きることを助ける動物たちについて執筆。近著に「〈刑務所〉で盲導犬を育てる」「犬が来る病院 命に向き合う子どもたちが教えてくれたこと」「いつか帰りたい ぼくのふるさと 福島第一原発20キロ圏内から来たねこ」「ギヴ・ミー・ア・チャンス 犬と少年の再出発」など。

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この連載について
人と生きる動物たち
セラピーアニマルや動物介在教育の現場などを取材するフォトジャーナリスト・大塚敦子さんが、人と生きる犬や猫の姿を描きます。
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