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鏡みつめ、ネコになる 俳優も裏方も「ネコらしく」めざす舞台

子猫役の五所真理子さん。役に合わせてアイラインや口ひげにこだわりメイクしていく=大阪・梅田
子猫役の五所真理子さん。役に合わせてアイラインや口ひげにこだわりメイクしていく=大阪・梅田

 開演の1時間ほど前、劇団四季の俳優五所(ごしょ)真理子さんは変身の真っただ中にいた。しんと静まりかえった楽屋に、メイク道具を置くかすかな物音だけが響く。


 スポンジでおしろいをすくい取り、顔の中央に塗りつける。おでこの両側と頰には、黄色のファンデーション。ミュージカル「キャッツ」の出演者はみな、自分でメイクを施す。ヒトから、ネコへ。鏡と向き合う時間は、役と同化していく大切な儀式でもある。


 メイクは、役や俳優の骨格に合わせてあらかじめ決められている。五所さん演じるシラバブは、好奇心旺盛なメスの子猫。「野性的でシャープな大人の猫と違い、目元をくりっと丸く見せるようにしている」と言う。紙コップの水分を一口ふくむ。視線を鏡に戻すと、あごのライン、うなじまで、念入りに色を乗せていった。


「ただいま開場しました。開演45分前です」


 楽屋に放送が流れる間も、淡々と手を動かす。イスに浅く座り直し、目元に取りかかる。客席のざわめきが絶え間なく聞こえる。アイライン、ひげ。小筆を繰る手に迷いはない。


 幕が開ける。劇場内が暗転して最初の一音が鳴るまで、わずか0・1秒。青白く光る無数の猫の目に囲まれ、世界が変わる。

 

 

24匹の世界、一瞬でキャッチ

暗闇の中で猫たちが恐怖を感じる場面。警戒する猫、驚く猫、威嚇する猫、おびえる猫、それぞれの性格が表情や動きに表れる=大阪・梅田
暗闇の中で猫たちが恐怖を感じる場面。警戒する猫、驚く猫、威嚇する猫、おびえる猫、それぞれの性格が表情や動きに表れる=大阪・梅田

 猫のカツラは、床山の遠藤綾さん(24)が手入れをしている。毛が抜ければ新しい毛を植え、シャンプーは1週間おき。カーラーや整髪剤を使ってセットし直す。


「キャッツ」では、ウシ科のヤクの毛のカツラを使う。人毛より硬くて形を保ちやすい一方、慣れないと扱いが難しい。大阪公演の床山は遠藤さんただ1人。先輩に一から教わり、歴代公演の写真を見返して手順をたたき込んだ。「耳は平面的になってはいけない。いろんな方向から毛を立てて、猫らしく見えるように気を使っている」と話す。


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 1983年日本初演の「キャッツ」は、登場するのはほぼ猫だけという異色のミュージカル。劇団員にとっては「俳優が人間に見えてはいけない」という独特の難しさをはらむ。劇場から、猫たちの根城であるゴミ捨て場へ。一瞬で観客を引き込むため、俳優も、裏方も、心血を注ぐ。


 24匹は人間にこびず、誇り高く自らの生を謳歌(おうか)する。野性味にあふれ、爪を立てるかのように指を伸ばしたかと思えば、毛を逆立てる威嚇のポーズも。舞台上も、四つんばいで滑って移動する。猫たちを見やすくするため、舞台は客席に向かって2度傾いている。


「床が滑りやすくなるよう、2週に1回は電動やすりで削って、その上にワックスを塗っている」と話すのは、舞台監督の福永泰晴さん(34)。音響や照明、舞台装置の12人のスタッフを束ね、セットや装置に不具合がないか、毎日500項目以上を点検する。


 衣装のタイツやレッグウォーマーが擦れて穴が開くのも、日常茶飯事だ。衣装担当の山下友実さん(27)は、衣装ハンガーや色とりどりの手芸用品に囲まれた作業場で、補修を一手に引き受ける。


「キャッツの衣装は少しの凹凸でも動きを遮ってしまうから、ごまかしが利かない」。タイツの穴を塞ぎ、ペンで毛並みを描き足す。肩や胸元に毛糸を付けるのも、ひざパッドを入れる隠しポケットを縫うのも、全て手作業だ。


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 劇場に音楽が鳴り始め、舞台の盆が回り始めた。「最初の音が鳴った瞬間、その先は何が起こるかわからない。同じ出演者でも毎回状況が違うし、お客様も含め全てが一期一会」と五所さんは言う。


 暗いままの客席内に、猫たちが駆け抜ける気配がする。物陰から次々と姿を現す俳優たち。客席から、こんな声が聞こえた。「あ、あそこにも猫がいる」


(岡田慶子、写真は遠藤真梨)


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