バルイロドリ店内
バルイロドリ店内

猫好きおじさんが集うバル アイドルは元ノラ「チーちゃん」

 夜な夜な猫好きが集うバルがあるという。そこには、看板猫が2匹。新入りはこの路地で衰弱しているところを保護された元ノラの女の子で、今やおじさんたちのアイドルとなっている。

(末尾に写真特集があります)

 江戸期には幕府の野馬放牧地だった、千葉県鎌ケ谷市。明治に入ると開墾が進み、縁起のよい地名がつけられていった。その第1号が、ここ「初冨」だ。夕暮れ、新京成線初冨駅改札を背にすれば、路地の向こうにぽうっと灯りが一つ。「バルイロドリ」の灯りだ。

 ドアの向こうには、こんな子がちょこんと待っている。

「いらっしゃい」と誰でも歓迎
「いらっしゃい」と誰でも歓迎

 店の看板猫の「チーちゃん」だ。まだ6カ月の女の子である。もう1匹、仔猫のときにもらわれてきて7年になる先輩看板猫のモモタくんもいるが、彼は接客にはあまり熱心ではないようだ。やってきたとき、メスだと思い込んだマスター夫妻に「モモ」と名づけられたが、オスとわかって「タ」をつけ加えてもらったのだという。

 自営の自動車修理工場での仕事を終えた五ノ井さんが店にやって来た。いつものように持参のおやつを2匹に平等に振る舞ったあと、モモタくんを抱っこしようとしてスルーされ、愛情表現を何でも受け入れてくれるチーちゃんに思いきり頬ずり。チーちゃんも、なじみの五ノ井さんが来てくれてうれしそうだ。

五ノ井さんとチーちゃん
五ノ井さんとチーちゃん

 今夜も、カウンター席で、マスターと五ノ井さんの猫話が始まる。

「複数飼いだと、えこひいきしないようにしてるつもりでも、あっちが勝手にえこひいきしてるって思い込んで、すねちゃうこともあるんだよね」

「かまってもらうのじっと待ってる子もいれば、グイグイくる子もいるからね」

「猫って、いろんな子がいて、どの子もどの子も可愛いよなあ」

「可愛いよねえ」

 猫好き男たちの猫話は、今は天国の猫たちにも及び、「あの子はぶちゃむくれだったけど、ほんと可愛かった」「困った顔の『コマツ』って猫もいたなあ。う~、可愛いやつだった」などと延々と続いている。

 チーちゃんは、店の裏路地をうろつくノラの子だった。数カ月前、猫風邪をひいて、目がぐしゃぐしゃになっているのを、このバルのオーナー夫妻に保護された。3年前のバル開店以来、モモタくんが看板猫を頑張っていたところを、アシストすることになった。人見知りのところがあるモモタくんに比べ、チーちゃんは誰にでも愛想よく懐っこいので、たちまち客の(特におじさん客の)ハートをとりこにしてしまったのだった。

 テレビでは、平昌オリンピックの男子フィギュアスケートのダイジェスト映像がずっと流れている。だが、おじさん客の視線をもっぱら集めていたのは、画面の「ゆづ」ではなく、チーちゃんだった。

「モモタにチーちゃん。どっちも可愛すぎて、もう両方とも金メダル!」と声がかかる。

おじさんは「ゆづ」よりチーちゃん
おじさんは「ゆづ」よりチーちゃん

 なじみ客ばかりだとリラックスするタイプのモモタくんは、さっきからテレビの前で大の字になって寝ている。モモタくんにも、熱烈な女性ファンが何人かいるのだそうだ。

 チーちゃんはまんべんなく接客をしている。チーちゃんがそばに来ると、おじさんたちの目尻は一気に下がる。ここは、それぞれの仕事場でせっせと働いてきた人たちが、一日の終わりに、「猫好き」を誰はばかることなく全開して、猫を愛でながらおいしく飲み食いして、リフレッシュできる場所なのだ。

マスターに抱かれたチーちゃんをあやすおじさんたち
マスターに抱かれたチーちゃんをあやすおじさんたち

 五ノ井さんは、家で5匹、仕事場で2匹、保護した猫の面倒を見ている。ここに来てチーちゃんたちを可愛がるのは「別腹」なのだそうだ。

「今度仕事場の近くまで来たら、うちの子たちに会いに寄ってください」と五ノ井さんは言った。

 数週間後、近くまで行ったついでに寄ってみたら、五ノ井さんは、三毛とサビの2匹の猫に甘えられながら、仕事をしていた。猫たちは愛されている猫特有のやさしい顔をしていた。

「仕事がうまくいかないとき、気分が沈んじゃう時もありますよ。だけど、この子たちがね、元気をくれるんです。猫ってそこにいるだけで、元気をくれるよね」と、五ノ井さんは笑った。

仕事場での五ノ井さんと保護猫たち
仕事場での五ノ井さんと保護猫たち

「裏の家のお兄ちゃんも、片目の悪かった子猫を家に入れて大事にしてくれてる。この町もどんどん開発されて、新住民の中には、家のない猫を邪険にする人やゴミ出しマナーのひどい人もいる。みんなで猫たちを守ってやりたいねって、裏のお兄ちゃんともバルイロドリのマスターとも、いっつも話してるんです」

 数年前から続く空前の猫ブームは、ブランド猫の量産や「飽きられたり、生まれてしまったり」した猫の処分など、人間のエゴも浮き彫りにしている。だが、これまでひそやかに猫を愛してきた男たちが、「じつはぼくも猫好きで……」と大っぴらにカミングアウトしやすくなり、共生や愛護の思いを交わし合う土壌を作り始めた点では、とてもいいことだったのではないだろうか。

 五ノ井さんはこう言って見送ってくれた。

「猫にやさしくない町が、ひとの暮らしやすい町のはずがないもんね。いろんなところに可愛がられてる猫のいる町はいいよね。また、バルイロドリで会いましょう」

【前の回】行き倒れのようなヨレヨレの猫 今では「可愛くて、いとしくて」
【次の回】カラスに襲われていた仔猫 救ってくれた犬を母と慕い、成長

佐竹 茉莉子
人物ドキュメントを得意とするフリーランスのライター。幼児期から猫はいつもそばに。2007年より、町々で出会った猫を、寄り添う人々や町の情景と共に自己流で撮り始める。著書に「猫との約束」「里山の子、さっちゃん」など。Webサイト「フェリシモ猫部」にて「道ばた猫日記」を、辰巳出版Webマガジン「コレカラ」にて「保護犬たちの物語」を連載中。

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この連載について
猫のいる風景
猫の物語を描き続ける佐竹茉莉子さんの書き下ろし連載です。各地で出会った猫と、寄り添って生きる人々の情景をつづります。
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