虐待を受けた子どもが職業訓練 保護犬猫をケアして自立へ

 コラムの第7回では、虐待を受けた子どもたちが、自分と同じように虐待を受けて保護された動物たちをケアすることで、慈しむ心を育んでいくForget Me Not Farmについても簡単に触れた。彼らの活動をもう一つ紹介したい。それはアニマル・シェルターでの職業訓練をとおした子どもたちの自立支援だ。

 日本と同様、アメリカでも、里親家庭や児童養護施設で暮らしていた子どもたちは、基本的に18歳になったら独り立ちしなければならない。だが、彼らの多くは、自己肯定感が低く、人との関係を築くのが苦手だ。虐待によるトラウマのために、年齢相応の学力やソーシャルスキルが不足している子も多い。18歳になったからといって、突然大人になれるわけではないのだ。

 そこでForget Me Not Farmが始めたのが、「メンターリング・プログラム」と呼ばれるアニマル・シェルターでの職業訓練。動物が好きな14歳から19歳までの少年少女に、犬猫の引き取り手探し、犬の訓練やトリミング、動物病院、犬舎・猫舎、ショップ、農場など、シェルターの各部門での仕事をとおして、「時間を守る」「段取りをする」「指示されたことに従う」などの初歩的な職業スキルを身につけてもらうというものだ。

 プログラムでは、メンター(大人)と少年がペアになる。メンターというのは、「よき助言者、師匠」というような意味。相手の少年の性格や関心分野にマッチするボランティアが注意深く選ばれ、1年〜1年半の間、毎週1回2時間、少年といっしょに作業する。

 15歳のアンは、シェルターのスタッフでもあるアイコという日系女性とペアになり、子猫の養育プログラムで働いた。シェルターには生まれたばかりでまだ目も開かない子猫が持ち込まれることがよくあるため、おおぜいの養育ボランティアが活躍している。アンの仕事はフードの準備など養育ボランティアのサポートだ。持ち込まれたばかりの子猫の世話もする。

持ち込まれた子猫に栄養剤をあげるアン(c)大塚敦子
持ち込まれた子猫に栄養剤をあげるアン(c)大塚敦子

 アンは6歳のとき母親が突然姿を消してしまい、里親家庭を転々として育った。かつての自分と同じように、幼いときに捨てられ、特別なケアを必要とする子猫たちのために働くことは、彼女にとって大きな意味のあることだったにちがいない。

 シェルター・メディシン(一般家庭の動物ではなく、アニマル・シェルターに保護されている動物を対象にした獣医学)の部門を選んだ17歳のケイティは、子育てを終えた主婦ベッキーとペアで働いた。2人の主な仕事は、動物たちの食器洗いやタオルの洗濯、給餌(きゅうじ)、犬や猫の遊び相手になることなど。

 ケイティは8歳のときから自分の家族と会っていない。リストカットなどの自傷行為を繰り返し、何度も精神病院に入院した経験がある彼女は、病気や問題行動のためまだ引き取り手探しに出せない動物たちに、まるで自分自身を重ねるかのように献身的に世話をした。

保護された子猫の体をチェックするケイティとベッキー(c)大塚敦子
保護された子猫の体をチェックするケイティとベッキー(c)大塚敦子

 ベッキーのような信頼できる大人との出会いも大きな支えだっただろう。最初のうちは動物の血を見て泣き出したこともあったというが、やがて冷静に動物看護士の補助ができるまでになった。自分もいつか動物看護師になって、傷ついた動物たちのケアをしたいという夢も見つけた。

 保護された犬猫たち、そして同じような境遇にある少年少女たち。このプログラムは、メンターという地域のボランティアに支えられながら、両者がともによりよい生を得られるよう工夫されている。日本でも、動物愛護センターやシェルターなどがさらに発展し、このようなプログラムを展開できるようになったらすばらしいと思う。

大塚敦子著 『やさしさをください 傷ついた心を癒すアニマル・セラピー農場』(岩崎書店)
大塚敦子著 『やさしさをください 傷ついた心を癒すアニマル・セラピー農場』(岩崎書店)

大塚敦子
フォトジャーナリスト、写真絵本・ノンフィクション作家。 上智大学文学部英文学学科卒業。紛争地取材を経て、死と向きあう人びとの生き方、人がよりよく生きることを助ける動物たちについて執筆。近著に「〈刑務所〉で盲導犬を育てる」「犬が来る病院 命に向き合う子どもたちが教えてくれたこと」「いつか帰りたい ぼくのふるさと 福島第一原発20キロ圏内から来たねこ」「ギヴ・ミー・ア・チャンス 犬と少年の再出発」など。

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この連載について
人と生きる動物たち
セラピーアニマルや動物介在教育の現場などを取材するフォトジャーナリスト・大塚敦子さんが、人と生きる犬や猫の姿を描きます。
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